HCSPECIAL

...

...

囚認

いや...

ヴァンパイア騎士

このように、2018年10月の

それ

憂氷の罪

しかし、

愛氷の罪

樋野まつり

ああ...あなたのカウンセリングの

藤咲あゆな

樋野まつり

藤咲ああな

はいはい

アフター500mmminingの778459218774545

10月29日:1018/1929979006488

195N978.4-592-18745

C9979\648E

定価本体648円十税

雑誌43786-56

白泉社

...

...

...

校則を破り"月の寮に来る少女、名門貴族の

吸血鬼・藍堂英は彼女を見守るが!?夜間部

創設後、まもなくしで起きた、哀しい事件。他、

少年期の零を描く短編を収録。オリジナルス

トーリーで贈る、ヴァシパイア騎士「初ノベル」

抉网罰発売田

ララノベルン

桜蘭高校ホスト部

葉鳥ビスコ・加藤陽ー--土井佐智子・藤谷燈子

極野まつりの本

とらえれの身の上へ手を

めるぶりメルヘンフリス会に登り

HANTED・ウォンデッド

ヴァンパイア明トリーで

【樋野まつり

1月24日生まれ。北海道出身、J995年デビ

ユー。月刊LaLa2005年1月号より「ヴァン

パイア騎士」を大人気連載中。血液型はB型。

Mackstarrightro

目藤咲あゆな

東京都出身。小説作品に「ネオ・アンジェリーク」

シリーズ(コースローエー刑)第。TVアニメ「ヴァン

バイク輸士に3階本で参加血液型は、

Ayazonは、Fudesaky

CoperHushatan:MockithoneCoorDessign.tbricangine

そういう意味が強くなっていたので、

夏水の罪

樋野まつり

2016年6月17日(月)の

藤咲あゆな

樋野まつり

藤咲あゆな

白泉さん

でも

...

愛氷の罪

HAKUSENSHA

そして、このように、

ウォルダ騎士...

実際、

誰もいい

衆院...

暁!!院院架30

孫鷹。振

条拓麻

藍堂

...

黒主優姫

YUKICROS

HCSPECAL

...

...

アイスプル

お仕事

のみがManeCRAIGICEICA

...

>N7EA7

憂氷の罪

刹那の季

135

あとがき

!?

あかつき

架院

夜間部生。物体を燃焼

させる特殊能力を持つ。

通称、ワイルド先輩。

あいどう

藍堂

夜間部の上級吸血鬼。枢の懐刀

と呼ばれ、物体を凍らせる特殊

能力を持つ。通称、アイドル先輩

いちじょうたく

一条拓麻

夜間部の副クラス長。

夜間部の中では枢に次

く高位の吸血鬼。

早園瑠佳夜前の夜血鬼。まや肌の幼なじみ。他にもいをきせている。

早園瑠佳

夜間部の吸血鬼。英や

暁の幼なじみ。枢に想

いを寄せている。

玖蘭枢

夜間部のクラス長。純血種の吸

血鬼で、計り知れぬ能力を持つ。

Characters.

きさらぎ

如月風花

普通科の生徒。板に憧れる。

...

錐生

吸血鬼ハンタ一の修行中。この

物語(刹那の季)ではII歳。後

に純血種の吸血鬼に咬まれる...

黒主優姫

黒主理事長の養女。幼い頃、吸血

鬼に襲われかけ、枢に救われた

のだが、それ以以前の記憶を喪失。

夜狩十牙

妻腕の吸血鬼ハンタ

。零や壱艘の師匠

リゆうイチ

錐生壱縷

零の双子の弟。生ま

れつき身体が弱い。

「全寮制黒主学園高等部のしくみ」

校舎

海上

吸血鬼ハンタ一を志す少年

零と修行を共にするか...。

黒主理事長

黒主学園理事長。人

闇と吸血鬼の架け橋

となる人材を求める

☆純血種...・先祖から一度も

人間の血が混ざっていない

強い能力を持つ吸血鬼。阪

んだ人間を吸血鬼にする。

普通科

陽の寮

守護係

普通利は昼間、夜間部は終夜、校舎を使用。夕方に入れ

替わる。夜間部の生徒が皆、吸血鬼であることか露見し

ないよう、守護保風紀委員)か見張り役を務めている。

夜間部

月の寮

この作品はフィクションです。

実在の人物・団体事件などにはいっさい関係ありません。

僕は、この作品はワクションです。彼女の人物、目体を挙げることにはいっきり便秘めません。

憂氷の罪

ナイト・クラス

ナイト・クラス

一夜間部のクラス長で、一月の寮」の寮長でもある。

つきりよう

かなめねーねら

ディ・クラス

一年に一度しかない聖ショコラトル・デーに、好きな人にチョコレートを渡したい。

年頃の女の子だったら、誰もがそう思うだろう。

そして、そんなささやかな願いは、現実問題としてとってもハードルが高い。特にこの

黒毛学園では、聖ショコラトル・アー当日は、仁義なき戦いが予想される。その日は、夕

方の校舎の入れ替えの際に、「普通科女子ゲートイン!!チョコを渡せるのは何人まで!?

レース』が開催されるらしいが、普通科の女子生徒ほぼ全員が朝から詰めかける状況の中、

で、勝率は限りなく低い。

はぁ〜...やっぱり無理よね、板さま狙いの女の子は山ほどいるし...

エリートかつ美形の集団である夜間部の生徒の中でも、抜きん出て綺麗な素敵な王子様

それが、玖蘭枢!

この黒主学園では普通科とご夜間部はひとつの校舎を共有し、していて、クラスの入れ替わる

夕方はいつもとんでもない騒ぎになるのだ。聖ショコラトル・デーともなれば、他の女の

子たちもチョコレート渡しに白熱するはずで...その中、を無事に生き残れる保証はない

テイ・クラス

「氷の

というのは大げさだが、渡せない確率は非常に高いのだ。

そして如月風花には、自分で設定した高いハードルがある。どうしても、一番にチョコ

レートを渡したいのだ。

うう...人気ありすぎです、枢さまぁ...

でも、くじけてはいられない。

だから、黒主学園普通科一年に通う少女――風花は決意した。

「そうよ、正面切っての方法が駄目なら、これしかないわ!!」

題して、『枢さまのお部屋にチョコを届けちゃおう作戦/』の発動である。

こうと決めたら、一直線!!

聖ショコラトル・デーは、恋する乙女の決戦の日なのだ。

こっ、こつ、と響く足音さえ、この時間だとちょっと不気味だ。

少し短めのふわふわの髪が乱れれるのさえ気にすることなく、風花は早足に先を急ぐ。

「ねえ、帰ろうよ、風花。見つけかったら絶対に怒られるわ!!それに、月の寮に入るなん

いる風花を止める義務があるの

した

とんでもない、というように言い切った香苗に、風花は心の中でため息をついた。

香苗はただでさえマジメだから...打ち明けるんじゃなかったわ。無駄に心配させちゃ

うだけだもの

ちょっと風花、聞いているの?誰にも見つからないうちに帰ろうよ、ね?」

香苗の気持ちも、風花はわかる。良家の子女が集まり、名門と呼ばれるこの黒主学園で

堂々と校則を破る度胸の良い生徒はそうはいない。風花だって、夜中に出歩くことはおろ

か、月の寮に向かうこことすら初めてなのだ。

て無謀すぎるわよ!」

意気揚々と歩く風花の後ろをついて歩きながら、眼鏡をかけたもう一人の少女ー香苗

はおとおどと辺りの様子を窺っている。時刻は真夜中――普良な生徒ならとっくに夢の中

であり、辺りはしんと静まり返っている。

消灯時間も遠反だし、夜間外出禁止令も違反よ?それとまだ、校則の...

追いかけてくる香苗の不安そうな声にも、風花は止まらない。

「香苗は帰っていいわよ。この作戦は、わたし一人で遂行するから」

「でも私には、ルームメイトとして、そして親友とした、無謀な作戦を実行しようとして

ああ

「氷の部

ときめき。

この胸の、どきどきする不思議な浮遊感

不思議な不思讓な、とろけてしまいそうな幸福感

見つめているだけでこんな気持ちを風花にくれる板は、本当に不思議な人だと思う。

今日は、ちょっと下見に行くだけよ。大丈夫だから、香苗は先に部屋に戻っていて?

「ふうかぁ...

どうやっても親友を止めることができないと察したのか、香苗の声が少し潤む。

香苗が心配してくれる気持ちはわかるし、ありがたいことだとも思う。確かに、見つか

ったら寮への強制逆還だけでは済まないだろう。

反省文の提出に、教師と、「陽の寮」の寮長からのたっぷりこのお説教。最悪は停学処分

って、停学は...さすがにキツイなぁ。家にも連絡行っちゃうだろうし...

冷や汗たらりーでも。

ううん、迷っちゃ駄目。それもこれも、極さまのためと思えば怖くない!!

好きな人にチョコレートを贈りえろ、聖ショコラトル・デー。贈るのはチョコレートだけで

はない。この気持ちごと贈るのだ。

憧れ。

しないように好きにしたらいいわ!

...

だからこそ。

振り向いてもらえなくて、いいで

学園一の貴公子、王子、玉様ー―すべてのノーブルな表現を捧げたくなるほどの人に、

振り向いてもらおうなんて思っていない。

でも...抜きま。風花はこここにいます。枢さまのこことが、好きなんです...!

そのことを知ってもらえれば、それだけでいい。

それを示すためにも風花は、聖ショコラトル・デーに一番にチョコを渡したいのだ。そ

して考えに考えた結論が「板さまのお部屋にチョコを届けちゃおう作戦!!だ。当日の朝

板の部屋のバルコニーにチョコレートを届けてしまうえば、誰よりも先に渡せる。

「この作戦を成功させるため、にも、絶対に下見が必要なの!だから行かせて、お願い

い!」

「まったく風花は強情なんだから!大胆というか無計画といつか無鉄砲というか:...」

「いいの!こういうのは勢いが大事なんだから。それに、今年のショコラトル・デーは

一生に一度しかないのよ。わたし、絶対に後悔したくないの!!」

「あー、もういい!!わかったわよ。親友の暴挙を止めようとした私が馬鹿でした。後悔

野氷の部

ぷりぷりと怒りながら踵を返した香苗の背中を、風花の声が追いかけてきた。

「あ、待って、香苗!」

「何よ!今更あやまっても遅いんだからね」

そう言いつつ、香苗は風花があきらめたものと思いこみ、振り返った。

がーなぜか風花は、ぱん、と両手を打ち合わせて、お願いい、のポーズを取っている。

風花?

一生のお願い。肩車して!!」

「はぁ......?」

だって、この塀を登るには、肩車してもらうのが一番楽なんだもの。ね、お願い」

あきれた!私を何だと思っているのよ」

確かに、重厚な造りの塀は足をかける場所もないし、少しジヤンプしたくらいでは越え

られそうにない。

月の寮の敷地に入るには正門を使うのが一番確かなのだが、陽の寮に住まう普通科の生

徒と月の寮の夜間部の生徒は、それぞれ互いの寮を行き来すすることを禁止されている。な

ので、堂々と潜るわけにはいかない。今は外出禁止の時間ということもあり、こっそりと

塀を乗り越えようと風花は大胆にも決意したのである。

「ね?だめ?」

了解!

きらきらと、風花の大きな瞳が香苗を見つめている。

香苗はしばらくむすーっと口を墜んでいたが、やがて根負けした。

...いいわ。もう、ここまで来たらやケよ。とことん付き合ってあげるわよ!!」

香苗は思い込んだら一直線でちょっと頑固な風花が、何だかんだ言って好きなのだ。

「恩に着まーす。聖ショコラトル・デーが終わったら、一一緒に街に出ようよ。香苗の好き

なもの、ご馳走してあげるね」

それはいいから、絶対に失敗しないでよ?無事に帰ってきて。約束だからね!?

方なので、落っこちるようなことはないだろう。

風花はそのまま、よろける香苗の助けを借りて、塀をよじ登っていく。運動神経は良い

塀の上に立った風花は、敷地の向こうにある壮麗な伝まいの月の寮を仰ぎ見た。

「...じゃあ、行ってくるね」

小声で香苗にそう告げて、風花がするりと姿を消す。

「......がんばれ、風花」

人取り残された香苗は、小きく小さくささやいた

ただ

愛氷の罪

「ええと.....」

うわわ、と...う!

期待と不安に胸を弾ませながら、ら飛び降りた風花は、途中でバランスを崩し、着地の際に

ではない。早く枢の部屋を見つけ出さなければ、

両手をついてしまった。手のひらには血が滲んでいる。どうやら、擦り裂いてしまったら

しい。かなり高さがあったため、足もジーンと痺れている。

いたた......痛い、けど、とりあえず侵入成功、よね?」

痛みをこらえ、しばらくの間、「涙目でうずくまっていたが、こんなことをしている場合

そういえば、枢さまのお部屋って!

夜間部と普通科は徹底的にに隔離されているから、月の寮内の様子なんてわからない。

ーーどこ......?

風花は少し考えてから、ほんと手を打った。

「そうよ、寮長なんだからお部屋はきっとゴージャスに違いないわ。だから、カーテンが

やたら高価そうな部屋を捜せばいいかも!」

「...いけないね。女の子が夜中に一人歩きなんて」

どこからともなく、艶やかな声が聴こえた。

えっ...見つかった?

一瞬にして、風花の全身から血の気が引く。人の気配なんて全然なかったのに...。

「君は、普通科の子...?」

・クラス

塀の中に入ってからも、月の寮にはすぐには辿り着かなかった。

風花はなるべく足音を立てたり、しないように気を配りながら、、庭園まで入り込んでいた。

寮の建物は庭園のその先にある。真夜中すぎだというのに月の寮は窓明かりが多い。

夜間部の授業は、基本的に明け方まであるらしい。ただ、出入りが自由だったり専門分

野に分かれての勉強など、授業体制が普通科とは少し違うようだ。

一無駄に広い気がするわ、月の寮って...

風花は思わず、こくんと唾を飲み込んだ。

「と、そのとき。

開き直りのような理屈をつけて、ともかく風花は建物のある方へと歩き出した。

憂氷の罪

ものか..

きんせい

「ごめんなさい!!、不法侵入しますした!ええと...ごめんなさい!!」

ふいをつかれてあわてた風花は、相手が誰なのかを確認する余裕もなく頭を下げた。

......

けれど、返ってくるのは沈黙だけ。

あ、の.....?」

恐る恐る顔を上げた風花は目の前に立つ人物の顔を見ててーー倒れそうになった。

「か、かな.....玖蘭先輩!?」

ほんのわずかな夜風にさえ揺れる、さらさらの黒髪。凛と整ってどこか甘い、寒いを秘

めた眼差しの、すらりと均整の取れた体つきのーー吸い寄せられそうなほどの美貌の主が

そこにいたのだ。風花の不法侵入の原因でもある、玖蘭枢その人が

ものすごいラッキーだわ、わたし!見つかっちゃったのは失敗だけど、相手が枢さま

だったんだもの、充分ラッキー!

予想外の出来事に混乱しつつ、うれしさで胸がいっぱいになった。

こんなところで板に逢えるとは思っていなかったし、ごんな至近距離に根がいるなんて

ことも初めてだ。いつも校舎の入れ替えの際に出荷ちをするときは、普通科の先輩たちに

遠慮してしまって、目立たない物陰からこっそり見つめる程度だったから...。

内緒、ですか?どうして...??

まあ

遠くから見ていても綺麗だけど、近くで見るともっと綺麗。ささやかな月明かりの下で、

板はまるで本物の王子様だ。声をかけたら、溶けてしまいそう。ふれたら、消えてしまい

そう...

風花の頬が、火照りかえるように紅く染まった。

「...大丈夫?、気分でも悪いの?」

心配そうに眉根を寄せた桜が、風花の顔を覗きこむ。ぐ、っと二人の間の距離が縮まり、

風花は自分の心臓が破裂するかと思った。

「だ、大丈夫です。平気です...っ」

「そう...?。それなら、もう部屋にお帰り。夜は危険がいっぱいだから...

「え...?あの、不法侵入したことを先生に報告は」

見つかった以上、きちんと罰を受ける。

それは、この計画を考えついたときから風花も覚悟をしていたことだ。それに枢と二人、

きりで向かい合い、しかも言葉まで交わしてしまうったのだ。悔いはない

板は、すい、と優雅な動きで人差し指を立て、唇に当てた。

「今夜のことは、内緒にしておいてあげるよ」

あっ

「今夜は君のおかげで、いいものが見つかったんだ.....だから、そのお礼だよ」

極上の笑顔に、風花は釣り込まれるようにしてこくりと頷く。。。枢の笑みはとてもやさし

いのにー何故だろう、有無を言わせないような、そんな力に満ちている。

わたしのおかげで...?何を、見つけたのかしら...?

とまどいながらも承知した「風花に満足げに頷き、板は背後に視線を送る。誰もいないは

ずの、闇に包まれている方向に、

さあ...門はあっちだ。気をつけてお帰り。藍堂、架院、瑠佳、一条ーー彼女を、門

あかっ

まで送ってあげて」

小首を傾げる風花のすぐ傍、誰もいないはずの暗闇から、明瞭な返事が返ってくる。

わかりました」

一門の外まで送ってきます」

姿を見せたのは、藍堂英と架院暁

藍堂先輩、架院先輩...?」

思わず口にしてしまい、風花はバッと口を押さえた。

うそ...「条先輩や早園先輩まで」

続いて現れたのは、副寮長の「条拓麻と、早園瑠佳だった。

あいよう、かしん...

るか

最氷の望

な」

子って意味???

頬が熱くなり、混乱を冷ますように風花は両の手のひらで頬を挟み込む。

お、落ち着け、わたしーー!!

そんな風花をよそに、板のそばに立った瑠佳がひそりとささやいた。

私たちの研究に役立つ情報が手に入りましたね、枢様」

「...そう思うなら、送っていくついでに、少しでも親睦を深めるといい」

静かに返答した枢の声も、風花には届かなかった。

「さ、行きましょう。もう夜も遅いわ」

枢が微笑むのが、薄闇でもわかった

うすやァ

ふふ?それって...おたしがかわいいってこと?、それとも段間違反するような馬鹿な

夜間部の中でも特に枢に近しい四人が勢そろいしているさまは、圧発だった。

藍堂はやわらかな美貌の持ち主で、まるで芸能人のよう。隣に立つ架院は従弟の藍堂に

較べると随分野性的な印象で、見目麗しい一条はおとなびてすっきりと、瑠佳は本物のア

シティークドールのように愛らしくて美しい。

「それにしても君のような子が普通科にいたなんてね...いや、そんな気配はあったか

ティ・クラス

は、はいっ

ちなみに....あんた、何で侵入してきたんだ?

瑠佳に腕をさりげなく取られ、我に返った風花は驚いた。華奢な瑠佳は意外と力が強く、

抗うことができない。仕方なく歩きながら、風花は後ろ髪を引かれる思いで枢に視線を送る

った。名残惜しい視線の先で、枢がふわりと手を振っている。

「おやすみ....ええと」

根が言い淀んで、風花は初めて自分がまだ自己紹介もしていなかったことに気がついた。

玖蘭先輩、わたし、風花です!

おやすみ、風花ちゃん

きゃああ!!枢さまが、「枢さまがわたしの名前を呼んでくれた!!

「おやすみなさい!」

風花は幸せいっぱいの笑顔で別れを告げる。

あまりにうれしくて、だから風花は、依然、風花の腕を擱んだままの瑠佳が険しい表情

をしていたのには気づかなかった。

愛氷の罪

ふと

いい

オカ..

架院に問われ、夢見心地でほーっとしていた一風化はあわてて答える。

「あ、あのですね、聖ショコラトル・デーに玖蘭先輩に一番にチョコをお渡ししたくて

それで玖蘭先輩のお部屋を捜しに」

「「それはまた、随分と大胆だね。きっと、枢も驚いただろうな」

枢を堂々と呼び捨てにできる唯一の人物ーーー条が、にこにこと笑顔を湛える。

「確かに、おもしろい思いつきだ」

「さすがに今まで、そんな子はいなかったわ」

風花の大胆かつ勢いだけの計画に、架院がおもしろそう。に吹き出し、つんと横を向いた

瑠佳もそっけなく応じた。

競堂だけは何も言わず、無言で架院の後ろをついている。校舎の入れ替え時間、普通科

の女の子に愛想よく笑顔を振り、まいている藍堂のその態度に、一藍堂のことをよく知って

いるわけではないけれどー風花は少し違和感を覚えていた。

密室先輩って、もしかして本当は正義感の強い真面目な人なのかしら...!?

こんな真夜中に不法侵入してきた不届き者とは、口もききたくないのかもしれない。

「ああ...正門が見えてきたわ。この先は気をつけて帰ってね。私達、夜間部の生徒が陽

の寮まで送っていくわけにはいかないから...

ゆいしい

まじめ

寮に入り込んだりはしませんから」

見送りを受けて門を潜り、、風花ははやる気持ちのままに走り出した。

すごい!こんなこことってあるかしら!

「そうだな。玖蘭寮長も気に入っていたみたいだし、いいんじゃないか」

頭の後ろで腕を組みながら、架院も賛成する。

今度は堂々と門を潜っていらっしゃい。ただし、このことは他の人には絶対に内緒

よ?

「はい、わかりました!!誰にも言いません!!

それじゃあ、まだね

「はい、失礼します!」

でいなかったから...特別に、許可してあげるわ」

打って変わって瑠佳に愛想よ。く微笑みかけられ、風花は思わず飛び跳ねてしまった。

「本当ですか!?」

「あら、いいのよ。いつでも遊びにいらっしゃいな。あなたみたいなおもしろい子、今まで

風花は、ようやく見慣れた世界に戻れるような気がして、ホッとして丁寧に頭を下げた。

「今日はすみませんでした。玖蘭先輩にも、よろしくお伝えください。もう、二度と月の

愛氷の!!

枢さまとお話しして、名前を呼んでもらって、また遊びにいらっしゃいなんて言っても

らえるなんて!早く香苗に報告しなくちゃ

あー

風花はぴたりと足を止める。

そうだわ......香苗にも、内緒にしなくちゃいけなかったんだわ...

この作戦に協力してくれた親友にも黙っていなくてはならないのは、正直心苦しい。瑠璃

佳たちとも知り合いになれそうれしい反面、秘密を持ってしまったことで、風花は複雑な

気分になった。

「でも、約束だから、仕方ないわよね...ごめんね、香苗」

今頃は夢の中にいるであろうう親友に、そっとあやまる。

それにしても夜間部の方たちって、近寄りがたいと思っていたけれど、ちょっと親近感

を持てたわ。皆、話してみると、やさしい方たちなんだわ、きっと...

もうじき夜が明ける。風花は、踊るような足取りで部屋へと戻って行った。

どうして自分だけが特別扱いされたのかー考えることもなく。

ね」

「ああ...

一条は、慣れた仕草で板の部屋のカーテンを閉めた。

もうじき朝陽が昇り、人間たちが活動を始める時刻

吸血鬼は、眠る時間だ。

聡い副寮長の言葉に、枢は気がえるそうに、そして、とてもやわらかに口元を笑ませる。

「無事に戻ったよ、今夜のお客さん」

一条の報告を、枢は自分の部屋で寝椅子に身体を投げ出した状態で聞いていた。

「.....そう」

「えーと、風花ちゃんだったよね。あの調子なら、すぐにまた遊びに来るんじゃない?

あ、だとしたら、すぐに根回もをしておいてあげた方がいいよね?門前払いなんてこと

になったらかわいそうだもん。そうそう、藍章が渋い顔していたねぇ。フライド高いから

愛氷の罪

「ふあ〜......

風花は教科書の陰で、うっとりとした表情のまま、幸せに(満ち足りたため息をこぼした。

「まさか、月の寮に遊びに行けるようになるなんて、夢にも思わなかったわ。これで、誰も

よりも先にチョコが渡せる。もしかしたら、もしがしだらだけど、枢さまに直接渡せるか

も...!?きゃ〜

授業中だというのに、ついつい口元がほころんでしまう。

そうだわ。チョコ、やっぱり手作りに挑戦しちゃおうかな。確実に渡せるんだし、

如月風花十六歳、今まさにこの世の春。

極さまって、甘いものお好きかしら。ミルクチョコよりビター系かな?それともチョ

コレートケーキ...うーん、どうしよう!!

こうなるともう、悩むことすら楽しい。

ああもう、幸せ〜!

こら、如月!聞いているのか!」

軽やかなベルの音と同時に、生徒たちは午前中この授業から解き放たれる。

皆が思い思いに昼食を摂る中、「風花は香苗の隣の席に移動・し、学食で買い求めたランチ

BOXを仲良く広げていた。

痛っ!

うっとりしていた風花を、数学教師の巨大三角定規が直撃する。しかも角の部分だ。

「.....先生ぇ」

一気に現実に引き戻され、風花は涙目で教師を見上げた。

「何をほんやりしているんだ!!やる気がないのなら、授業に出なくてもいいんだぞ!」

教師が問題の書かれた黒板を巨大三角定規で指している。どうやら、指名されていたの

にまったく気がつかなかったらしい。

「すみませんでした....!」

あわてて立ち上がり、問題を解きに黒板に向かう。

授業中に怒られてしまうなんて・名門である黒主学園の生徒として恥ずかしいことこの

上ない。

愛氷の罪

一風花ったら、作戦が成功して舞い上がってるんでしょう?授業中、にこにこしっぱな

しだったわよ」

「えへへ....」

瑠佳たちとの約束通り、昨夜のことは香苗には秘密にしている。ただ、無事に板の部屋

を見つけることができた、、とだけ伝えた。これから月の寮に出入りできるなんてことは

もちろん秘密だ。

昼休みの話題はもちろん間近にに迫った聖ショコラトル・アーのことだった。あちこちか

ら、楽しそうな話!し声が聞こえてくる。

私は一条先輩!」

藍堂先輩にも渡したいな〜

ええっ、競争率高くない?」

わたしは架院先輩にしょうと思ってるの」

「支葵先輩だって、素敵よ」

そんなふうに盛り上がるクラスメイトたちの声を耳にししながら、風花はひとり心の中で

優越感に浸った。

「みんなが憧れている一条先輩も架院先輩も藍章先輩を、わたし、昨夜お会いしてお話し

しちゃったのよねえ...

しかも、いつでも遊びに来ていいとまで言われている。

絶対に、誰にも内緒だけど。

思い切って、作戦行動に出てよかったわ

自分の大胆な行動を肯定し、風花は満足げにサンドイッチを頬張ったのだった。

夜の風は容赦なく冷たく、吐く吐息が、白く空に溶けてゆく。

...ごめんね、春南。もう一度だけーもう一度だけだからね」

分厚いコートの前をかき合わせ、月の寮へと向かいながら、風花は今頃部屋で熟睡して

いるであろう親友に、小さくあやまった。

「今度は門を滑っていらっしゃいって早園先輩は言っていたけれど...どうしよう、大丈夫

夫なのかしら。もし、ここで捕まっちゃったら大変だし...」

そうえ~

小さな靴が、ぴたりと止まった。

《だいたい無理、よね...音通科・と夜間部って、徹底して隔離されているし。いつでも遊

ディ・クラス、ナイトゥクラズ・

「氷の

荘厳な門の向こうにそびえる月の寮ーー改めて見てみると本当に豪奢な造りのその寮は

真夜中すぎだというのにたくさんの明かりがつき、まるで不夜城のようだった。

ぴにいらっしゃいなんて、きっと、からかわれたんだね、わたし。昨日、ものすごく浮か

れていたから...

よく考えてみれば、わかることだったのに。

一何ひとりで浮かれているんだろう」

昨日、怒られずに済んだだけでも幸運なことだったのだ。その上、板にまで逢うことが

できた。奇跡は起こったのだ。

そして、奇跡は一度だけと決まっている。

馬鹿だわ、わたし...!帰ろう」

くるりと踵を返すと、足元にあった砂利が転がって、小さく響く物音を立てた

あ....!

開かれた正門の先では、月の寮のメイドが、礼儀正しく控えていた。

如月風花様。どうぞお通りくださいませ」

横には階段もある。

「やあ風花ちゃん、いらっしゃい。よく来てくれたね」

れるほどの美形揃いなので、四人が揃えうと辺りの空気がばっと華やぐ。

「適当に座っていて頂戴

瑠佳はそう言って二階に上がっていってしまった。風花はさょろきょろとあたりを見回

しながら、ロビーにあったソファに恐る恐る腰を下ろす。

しばらく待っていると、瑠佳が一条と藍堂、架院を連れて戻ってきた。それぞれが見と

「もう授業は終わったのかしら。...みなさん、寮に戻っていらっしゃるといいのだけれど」

お邪魔になるといけないから、と足音を忍ばせ、玄関の扉を叩こうとしたその瞬間、目

の前でふわりと空気が動いた。

あら。来ていたのね」

瑠佳が、風花を出迎えるように扉を開けたのだ。

あまりにもタイミングが良すぎて、心構えのできていなかった風花は息を飲む。

あ、あの...こんばんは」

外は寒かったでしょ。さ、お入りなさいな」

寮内は居心地良く暖められていた。玄関を入ってすぐのとこころが広いロビーになってお

愛氷の罪

物言いが親しみやすい

気にしなくてもいいさ

「そうよ。誘ったのはこうちなんだし、気にする必要なんてないわ」

ありがとうございます!!

緊張でかちこちの風花を囲んで、深夜のティー・・パーティが始まった。

「あ、あの、皆さん、夜遅くまでお勉強してらっしゃるんですよね...??あの、ここに

来るとき、窓明かりがまだたくさんついていたので...!」

夜間部の生徒が皆、吸血鬼だということを知らない風花は、ひたすら一凄い」と感心し

風花の隣にどかっと座ったのは架院で、ぶっきらぼうそうな見た目に似合わず、ラフな

ああ

にこにこと陽だまりのようにな突顔を向けてくれたのは一条でいつの間にか現れたメイル

ドが、お茶やお菓子をテープルにセッティングしている。

「あ、あの...こんばんは、皆さん。ご迷惑かと思ったのですが、せっかくお誘いいただ

いたので、遊びに来ちゃいました」

パッと立ち上がって、ぺこりと頭を下げると

風花ちゃんが来てくれるんじゃやないかと思って、早めに授業を終わらせたんだよ」

と一条が一さあ、座って」と笑顔で促す。

ちやき

手に包みこんで持っている茶器は薄くて綺麗で、お茶から上がる湯気は薔薇のように香

..

クラス

デイ・クラス

ているようだ。実際、夜間部に籍を置く生徒たちは皆、貴族階級以上かそれに同等する家

柄の出身で、優秀ではあるのだが、

「勉強している者もいるけど、僕は時々、漫画を読んだりしてるよ」

一条先輩、漫画を読むんですかっ?」

「うん、おもしろいから好きだよ、漫画」

「わ、わたしもです」

「そうなんだ?...普通科の子は皆、漫画なんか読まないと思っていたよ。なんせ、名前

黒主学園の生徒だからさ」

「でも、夜更かしして漫画を読んでいると、よくルームメイトに怒られます...

そうか。やはり真面目な子が多いんだな、普通科って」

架院が言いながら、ティーカップに手を伸ばす。

「そ、そうですね.....」

答えつつ、風花は真っ赤になった。この話の流れでは、風花ひとりが不真面目みたいだ。

ーって、大胆にも塀を乗り越えたわたしが今更、真面目女生徒に見えるわけがないか

いまさら

愛氷の罪

それより気になって、いるのが、肝心の枢の姿が見えないことだった

月の寮に来れば、逢えると思っていたのに...

小さなため息をこぼした風花に、瑠佳が目敏く気づく。

「どうかして?」

「あの、玖蘭先輩はーーもしかして、もうお休みなんでしょうか...?」

瑠佳の耳だけに届くようにひっそりと問いかけたはずの言葉は、けれど他の面々にもし

っかりと聞こえていたようだった。

その場にいた全員がぴたりと動きを止め、一瞬、暖かかっただはずのロビーに凍りつくよ。

ち、わたしともお話ししてくれるかもしれないわね

かんじょ

り立ち、今まで口にしたことのあるどのお茶とも違っていた。飲み込むと、喉の辺りから

すうっと清涼感が漂って、身体中が良い匂いに包まれていくようだ。

「お菓子もいかが?」

「あ、はい。いただきます」

勧められるままにお茶を飲みながら、風花はちらっと藍堂を密み見た。藍草だけがソフ

ァに沈み込んだまま、話に加わろうとはしない。

人懐こそうな見た目と違って、実は人見知りするタイプなのかもしれないもの。そのう

お前、枢様に何の用?

はなぶさ

まなざ

ぴたりと風花に当てられた眼差し。身にまとう空気は水のように冷たく鋭い。

藍堂先輩ににらまれただけで、寒気を感じるなんて...そうれだけ藍堂先輩が怒っているっ

てこと?

藍堂の鋭い眼光の理由が、わからない。

風花は細かく震えながららも、何とか答えた。

あ、あの...この間の、お礼を言いたいと思っただけで...

「本当にそれだけか...?」

「まあまあ、そんなに怖い顔すんなって、英。まったく、本当に玖蘭寮長のファンなんだ

からな。寮長の名前が出ただけで、すぐ目くじら立てるなって」

「僕はそんな安っぽいものとは違う!ふざけたこと言うなよ、暁

うな空気が流れる。

今、空気が...

肌を刺すような冷気を感じしたのは、気のせい?

.....よせ」

架院が咎めるように藍堂に視線を当てた。藍章はそっぽを同き、不機嫌そうに唇を開く。

びる

愛氷の罪

なご

ぶしつけ

藍堂、落ち着いて。ほら、風花ちゃんが怖がっているじゃないか。かわいそうには

一条の仲裁に、架院は風花に向かって少し微笑んでみせた。

「悪いな。英は、寮長のこととなると譲れないらしいから」

架院が、おどけるように風花に向かって片目を瞑ってみせる。藍堂は完全に気分を害し

たらしく、そっぽを向いたままだ

ええと、藍堂先輩が怒ったのって、わたしが板さまのことを口にしたから...。

事情はよくわからないが、不髪だったのかもしれないと落ち込む風花に、それまで黙っ

て成り行きを見守っていた瑠佳が、やさしく声をかける。

一板様はもうお休みよ。あなたが来てくれたことは伝えておくわ」

はい。ありがとうございいます、早園先輩」

ようやくロビーの空気が和んだことにほっとした風花は、ハッとして時計を見た

「もうこんな時間!?」

いきなりあわて出した風花につられるようにして皆も時計を確かめ、一条が少し名残惜

しそうに首を傾げる。

「今日はもう陽の寮に帰ってたほうがいいね。遅くまで引きとめちゃってごめんね。君が

普通科の生徒さんだっていうことを忘れていたよ」

つぶ

ともできて、思わず尊敬してしまう。

だから、副寮長に選ばれたんだわ、きっと。とっても大人っぽいもの

瑠佳に差し出されたコIトを着込み、玄関口で、風花は再度頭を下げた。

今日はとても楽しかったです」

僕たちもとても楽しかったよ。また来てくれるとうれしいな」

「そうね。また来て下頂戴。待っているわ」

架院、藍堂。風花ちゃんを送ってあげて、深夜の女の子の一人歩きは危険だからね」

了解

頷く架院の隣で、藍堂が苦々しそうな顔をする

「僕は嫌だ」

だめだめ。危ないでしょ。藍堂、これは枢からの『命令』だよ」

「......お前が枢様の言葉を代弁するな」

一条に憎まれ口を叩いた藍堂が、それでも次の瞬間、ぐい、と風花の腕を掴んだ。

「いいえ。こちらこそ気を遣うっていただいて。話し込みんじゃって、すみません」

一条はどんなときでも風花にやさしい微笑みを向けてくれるし、ちょっとおとなしそう

次外見に似合わず意外とおしゃぺりが好きで明るい。いろいろなことに即座に気を回すこと

愛氷の罪

さっさと行くぞ」

「そうか」

突然院の開いかけは、気遣い、気道の間の気遣の問いか、気遺症の間にかけば、気温の門いかは、象遣さの間、かければ、久遠院の間いかげは、家庭の問ぃかけ、かげかけなけは「かけほいからずは、外は、今遺品の間。気道は、分は、欠道に、気遭いかりかけよ、気違いかなけばっかけど、気漬けは〝気道いというには少々ずれているような気がする。

「体調が、どうかしたんですか?」

いや、別に。寒いからな」

取り通しの監督が、ちらりと架院に視線を投げて、すぐにまた戻す。風花のことは見も

しない。

藍堂先輩って、やっぱりちょっと苦手かもしれないわ

傍目から見れば、藍堂はとてもやさしそうで人懐こそう女性格に見えるのだけれど。あ

きっか

「それじゃあ、失礼します!」

韓堂に引きずられるようにして歩きながら、風花は玄関口に残った一条と瑠佳に向かっ

て挨拶した。二人はにこやかに手を振って見送ってくれている。

「わりと寒いな...そう言えば、如月?体調、どういう感じだ?」

「え...?。体調、ですか?」

「身体が重いとか微熱が続くとか。そういうのないか?」

一別に、大丈夫ですけど」

それじゃ、おやすみ。瑠佳

瑠佳、怖い顔してるよ

「......疲れただけですわ、拓麻様

「条は少しだけ複雑な感情を瞳に浮かべーすぐに踵を返した。

「僕はそれなりに楽しかったよ。じゃあ、板に報告して、僕は引き揚げさせてもらうから。

一方、月の寮のロビーでは。

風花の姿が見えなくなったとたん、瑠佳の顔から表情がすっと消えていた。まるで人形

のように整ったその顔は、体温さえも失われてしまったかのように冷たく冴え冴えとして

いる。風花が今の瑠佳の様子を見たらきっと驚くことだろう。だが、彼女はもう帰ってい

った。取り繕う必要はない。

際に普通科にも、監堂のファンは多い

ということは。

「わたしが、嫌われているってことなのかなぁ...やっぱり

藍堂の背中を見ながら、少しじゅんと落ち込んだ風花の横顔を架院が静かに眺めていた。

愛氷の罪

愛氷の罪

「おやすみなさい」

残された瑠佳は、玄関横の窓の向こうに広がる闇を見つめた。

二ーあの子、何も気ついていないのね」

髪を指先で梳きながら、ぽつりと落とされたつぶやきには何の感慨もなく、闇に溶けて

消えていく。誰も、彼女のつぷやきを聞く者はいない。

「かわいそうに」

言葉とは裏腹に、その声音にはまるで感情がこもっていなかった。

そうー「彼女」に同情する理由が、瑠佳にはない。

「こんばんは〜!」

「やあ、こんばんは。待っていたよ、風花ちゃん。皆勘食だね」

「えへへ」

一条のやわらかな挨拶に、風花は思わず照れ笑いしてしまうった。あれから三日間、毎晩

通ってきているので、もうここを訪れるのに、緊張もしなくなった。

「あ、そうだ。今日はクッキー持つてるたんです。あとで皆で食べましょう」

胸に抱えていた綺麗な包みを差し出すと、一条は優雅な仕草でそれを受け取る

「ああ、おいしそうだね。あとでメイド長さんにおいしい紅茶を淹れてもらって、皆でい

ただくとしようか」

「あと、これ、お借りしていた漫画、お返しします。とっても面白かったです!」

「よかったぁ。風花ちゃんなら気に入ってくれると思っていたんだ。続きが出たら、また

貸してあげるね」

うわあ、楽しみです〜!

うわ

44

「氷の

にらまれてる〜...

「それじゃ、みんなを呼んでくるから。ちょっと待っていてね」

一条が二階に上がっていっただ後、風花は慣れた様子でソファに腰かける。月の寮で、瑠

「佳たちと話したりお茶をしだり」するのはいつもこのロビーで、ここ以外の場所に案内され

たことはないし、ましてや寮生個人の部屋に通されたこともない。

早園先輩とか、どんなお部屋に住んでいるのか見てみたいけど...月の寮に入れて頂け

るだけでも充分幸せよね!!

ただひとつ残念だと思うのは、あれからまだ一度も、板に逢えていないことだ。

今日は、逢えるかな...

毎晩毎晩、淡い期待に胸をときめかせてしまうのだが、

今夜、一番最初に階段を下りてきたのは藍堂だった。その後ろに、瑠佳と架院が揃って

いる。

「いらっしゃい」

「お邪魔してます」

「よう」

瑠佳と架院と微笑みをかわし、次の瞬間、風花はわずかに口元を引きつらせた。

おが...

紅茶のカップ片手に拝まれ、瑠佳は少し考え込んだあと、渋々と頷いた

相変わらず藍堂だけは、風花に歩み寄ろうとはしてくれないし、風花としても苦手意識

が先に立ってしまって、気まずい関係のままだ。

「ああ、そうそう。副寮長は急に用事ができてしまって、来れなくなったって。あんたに

あやまっておいてくれって頼まれた

「そうなんですか。副寮長さんって、お忙しいんですね」

架院たちと話し始めていると、メイド長が現れて手際よくテーブルにお茶とお菓子をも

ッティングしていった。風花が持ってきたクッキーも、綺麗に盛りつけられている。

「さ、召し上がれ」

「わーい。いただきます」

「クッキーは、風花さんが持つて来てくれたものだそうよ。拓麻様がそう言っていたわ」

「へーえ。じゃ、さっそく...

ひょいっとクッキーを口に放り込みんだ架院が、ふいに声を上げた。

「あ...そうだ、瑠佳。例の実験結果のレポートで、見てもらいたいところがあるんだ」

「え?あのレポート?嫌だ、提出は明日じゃなかった?」

ああ。悪い。少し付き合ってくれ。どうしても気になる箇所があって...

しぶしぶっ

てき

愛氷の罪

一他方ないわね。少しだけよ

「感謝。ということで悪いな、如月。しばらくしたら戻ってくるから」

「全然大丈夫です。お気になさらなくて結構ですよ」

勉強のことなら仕方がないし、わがままを言って引きとめる権利もない。

正直ちょっと残念だと、は思ったものの、風花は聞きき分けよく二人を見送った。

ええと......何でまだいるの、この人...

風花は重苦しい沈黙の中、なるべく物音を立てないようにに気をつけてお茶を飲む。紅茶

の湯気の向こうでは、藍堂がむすっとした顔のまま、一人がけのソファに沈みこんでいる。

瑠佳と架院が引き揚げてしまうった以上、藍堂もさっさとご部屋に戻ると思っていたのに。

これなら一人で待っているほうが気が楽かも...

はふ、とついたため息に、外を眺めていた藍堂が振り返った。

「なに?

どうやら、風花が自分を呼んだと思ったらしい。

え、うわー、どうしよう...!

さあ

ら~

きゃー、そうだった、玖郎先輩のことは、藍堂先輩に対しては禁句だった〜!!

しかも、うっかり「枢さま」と言ってしまった。「板さま」と呼ぶのは心の中だけで、

口に出すときは一玖蘭先輩」と言うように気をつけていたのに。

数日前の、鋭い冷気のようにな殺気を思い出したが。あわてて後悔しても、もう遅い。

どうせ、藍堂先輩には嫌われているんだもの。怖いものなんかないわ!!

風花は勢いに任せて話すことにした。

「あの。玖蘭先輩って、甘いものお好きですか?」

「さあ」

「チョコとか、食べます?」

「さあ」

「それとも、甘いものは一切お嫌いとか」

_枢さま?

ぴきりと、藍堂が眉を吊り上げる。その様子を見て、風花は今更ながらに思い出した。

監堂と会話をするとは考ええてもいなかったので風花は、とっさに口を開いた。

「あの、枢さまのこと、教えてください!」

基水の罪

ああ、そうだよ

あっさりと頷かれ、風花のこめかみがびくっと引きつった。

男の嫉妬なんて、醜いですよ

お前なあ」

「だって、藍堂先輩が悪いんじゃないですか!!

思わずソファから腰を浮かせた風花の視界が、急にふっと暗くなった。

え......?

足がふらつき、手足が急に冷たくなる。

視界が暗いのに、目の奥で、濁った色彩だけが点滅しているような。

みこ!

「お食事とかで、お好きなものって」

「さあ」

まるっきり気のない生返事を返され、さすがの風花もむっと口をつぐんでしまった。

今何よ、少しぐらい教えてくれてもいいじゃない。けち

いきなり黙り込んでしまった風花に、藍堂が面倒くさそうに視線を巡らせる。

...何だよ」

「藍堂先輩は、わたしか玖蘭先輩のファンだから、嫌いなんですね」

ゆだ

貧血...?

「...おい、どうした?」

藍堂が、耳元で何かを言っている。けれど、何を言っているのかわからない。唇が震えて

て、声が出ない。身体が凍えて、息がうまくできない。

ーさむ、いい

細かく震える風花の身体を、何かが包み込んでいる。

な、に.....?

気力を振り絞って顔を上げ、ると、目の前に、藍革の心配そうな顔があった。

どうやら、倒れかけた風花を抱きとめて支えてくれたらしい。けれど、お礼を言おうに

も、まだ声が出ない。し身体に力が入らない。

そんな風花の様子を読み取ったのか、藍堂は風花の身体を抱え直した。

無理するな。しばらくじっとしていろ」

震えながらもこくんと頷き、全身を藍堂に委ねる。

あったかい...

血の気を失った身体に、藍堂のぬくもりは熱いほどで心地よかった。華奢に見えて条外

しっかりとした胸は、風花を支えてちっとも揺るがない。

愛氷の罪

ッずら

とくん。

藍堂は「めまい」という言葉に、表情を強張らせた

「最近多いのか」

「え?何がですか?」

めまい

珍しく、藍堂が真摯なくらいに風花のことを心配している。あまりに意外過ぎて、風花

は逆に焦ってしまった。

藍堂先輩...、心配してくれてるの?

風花の胸が、貧血とは違う、不思議な感じに跳ねた。

ああの、ごめんなさい、もう平気ですから...

風花は藍堂から離れようと身をよじる。

急に動くな」

藍堂がそのまま、風花をソファにそっと座らせる。

「もう大丈夫か?」いったい、どうしたんだ」

「急に、めまいがして...

めまい......

風花は、思わずきょとんと目を見開いてしまった。

どうして、藍草先輩が貧血の薬なんて持ち歩いているのかしら...?

「これで気分が良くなる」

藍堂はテーブルの上からビーッチャーを取り、ワゴンに置いてあったグラスに水を注ぐ。

「...藍堂先輩ってもしかして、身体弱いんですか?」

何だかとても申し訳なくなって、風花はまだ青白い顔のまま、無理やり笑顔を作った。

「ごめんなさい、もう大丈夫ですから」

一無理するな。しばらく休んでいろ」

正直、まだ身体は重くて、空元気も長続きしそうになかった。

「は、い...

「ちょっと待ってろ」

藍堂がボトムのボケットを探してり、小さなケースを取り出す。そのまま風花の手を取り、

ケースの中から白い粒を2、3粒振り出した。どうやら、ピルケースだったらしい。

これは?

貧血の漢方、飲め」

「貧血の薬...??」

愛氷の罪

「もう大丈夫だな」

さー

を伸ばした。

今、一人になるのはいや...

「え.....

藍堂が、驚いたように目を見張る。風花の小さな手が、藍堂のシャツの裾をしっかりと

掴んでいたのだ。

密室は一瞬息を詰めたあと、極力物音を立てないように注意を払いながらソファの隅に

腰を下ろした。風花は、安心しきったように眠っている。

きし、とソファの軋む音がして、ぬくもり力関れていく気配かする。あわてて風花は手

とした身体の中を清水がすっと通り抜けていくような清涼感にほっとする。

一時間が経てば効いてくる。それまでおとなしくしている」

横になって、目を瞑る。しばらくすると、薬のせいか、どろとろとした心地よい睡魔が

襲ってきた。

そんなことはどうでもいいだろ。早く飲め」

グラスを受け取り、促されるままに、風花は手の中の薬を一気に流し込んだ。どろどろ

上着を取り、監堂に差し出す。

いると

ふと目を開け、自分の部屋とは違う天井の模様に、ぽんやりと目をこする。

あれ...?ここ、どこ....?

起きたのか」

藍堂の声が聞近から聞こえて、ようやく風花は、自分が月の寮にいることを思い出した

そうだわ、わたし、貧血を起こしちゃったんだったっけ...

でも、少し眠っただけで、随分と身体は楽になったようだ。

体調はどうだ?」

お薬が効いたみたいです」

上半身を起こしたとたん、かけられていた上着がするりと膝の上に落ちた。

あ、これ...

韓堂は何をするでもなく、だだそこにいた。

薬を飲ませた以上、することもない。

ただずっと、シャツを撮まれた手を振りほどくでもなく、

「風花のそばにいた。

に.....

ありがとうございました」

「一別に、礼を言われるようなことじゃない」

「今日はもう、戻ります。時間も遅いし、皆さんもいらっしゃらないようですし」

藍堂はポケットに両手を突っ込みながら、風花が帰り支度を整えるのを待っている。

それからいつもどおり、あまり会話のないままに門まで送り届けてもらったが、これま

でのような気まずさというかぎすぎすした雰囲気はなく、ちっとも苦痛にならなかった。

むしろ、いつもより少しゆっくりとした藍堂の足取りが、風花の身体を気遣ってくれてい

るようで、照れ臭いような恥ずかしいような、変な気持ちだ。

「着いたぞ」

いわ

間の前で立ち止まり、風花は丁寧に頭を下げた。

今日は、お世話になりました。今度お礼しますね

「別にいい。それより、また貧血が起きたらー薬を、分けてやる」

はい。また何かあったら、相談します。それじゃあ、おやすみなさい

思いがけない藍堂のやさしさが、素直にうれしい。

今日も枢さまには逢えなかったけど、でも、藍章先輩の意外な一面が見られたわ。それ

憂氷の罪

に取る。

今度はちょっと強く投げるわよ?

風花は犬と一緒に、広い公園にいた

やわらかな毛並みのむく犬は小さくて、人間で言えばまだまだ子供。赤いボールで遊ぶ

このが大好きで、風花が投げたボールを追いかけたり、一一緒に転がったりと大はしゃきだ。

あーあ、泥だらけじゃないの。帰ったらお風呂に入らないとね?

小さな体を抱き上げると、天がうれしそうに舌を出して、風花の頬をぺろぺろとなめる。

「わかってる、わかんってる。まだ帰らないわよ」

まだ遊びたい、とつぶらな目で「訴えてくる子犬に吹き出し、風花は再び赤いボールを手

そのめまいが普通とは違うて症状がひどかったことなど、すっかり忘れていた。

監堂の胸のあたたが、さを思い出し、風花は両手を頬に添える。

「きゃー!何考えているのよ、わたし!」

ぱたぱたと小走りに寮へと戻る風花は、自分が突然めまいを起こしたことなど、そして

ほお

ていた。

え......?

危ない!

耳をつんざくようなプレーキこの音が一指遅れて聞こえ、目の前に広がる青い空が、やけ

にゆっくりと流れていく。

わたし、飛んでいるの...?

自分自身が地面に叩きつけらこれた衝撃音は、どこか遠くから聞こえる音のようで、実感

はなかった。ただ、時間がとてもゆっくりと流れていた。

道路に倒れこんだ風花の目の前に、何か赤いものが落ちている

たのだ。公園の先にあるのはー車の通りの多い道路。

悲鳴を上げた風花は地面を蹴り、懸命に走ってて子犬を抱きとめー一次の瞬間、宙を舞つ

ほーん

ボールが弾み、それを子犬が転がるようにして追いかける

え!?

風花はぎくりと身体を強張らせた。

ポールをくわえようとしては蹴って、子犬がボールごと久園を飛び出していってしまう

愛氷の罪

《これは、わたしの...:っ》

きゃあぁあああ!!」

その瞬間、風花は悲鳴を上げて飛び起きた。

全身にびっしょりと汗をかき、心臓が早鐘を打って、震えが止まらない

「今のは、何...?何だったの...?」

夢.....?

風花は、事故に遭ったことなどない

違う。

あれは、ボールではない

あれは。

目の前でどんどん広がっていく赤は。

風花の身体から流れ出て道路を染めていく、綺麗な赤は。

わたしの、ポール...

手を伸ばそうとして、手が思いい通りに動かないことに気づく。

おかん

けれど、夢というには、とても現実感があった。

風花...?どうしたの?」

隣のベッドで寝ていた香苗が目をこすりにすり、半身を起こす。

「あ.....ごめん、香苗。変な夢、見て.....」

「大丈夫......?お水、持ってくる?」

ルームメイトの気遣いに、風花は首を振った。

ううん、大丈夫。飲みたくなったら、自分で飲むから

そう...じゃあ、おやすみ」

「うん、おやすみなさい」

香苗が再び眠りにつき、やがて寝息が聞こえてきた。

風花はそっとベッドから這い出し、洗面台に立つ。

水をひとくち飲んで、気を落ち着ける。

さっきの、夢にしてはーーそれに...あの、血の色.....っ!

ぞわり。

全身を言いようのない悪寒が貫き、風花は自分を抱き締める。

夢、よね。あれは夢よ

愛氷の罪

言い聞かせるように繰り返し、ベッドに潜り込む。

寝てしまおう。

眠って、忘れてしまおう。

......

暗闇の中で風花は目を凝らし、息を潜める。

胸の中に冷たく凝って居座る、重苦しさと不安。

神経が怖いほどに研ぎるまされて昂ぶっている。

何なの、これ...!」

あたたかなペッドの中にいるというのに、声が震える。

結局、風花はその夜、眠れないままに朝を迎えた。

夢の残滓を、くっきりと胸に刻み込んだまま。

夜の校舎につく、窓明かりひとつ

休み時間のわずかな時間――吸血鬼だちは一条の席を中心に乗っていた。

薬を飲み始めて、約一週間......どう、あの子の調子は?」

瑠佳が書類をめくりながら、ちら、と藍堂を見る。

効果はあるようだ」

「でも、もっと経過をみないと、なんとも言えないんじゃない?」

遠矢莉磨が支葵千里のつまんでいたチョコの袋に手を伸ばす。

...お前な。そもそも、そっちの二人は顔を出しもしないじゃないか」

藍堂が非難めいた視線を送る

「だって、最初の晩、私たちは外に出てないし」

「でも、こうして、研究に協力してる」

モデルという別の顔を持つ!二人は、澄ましているのか、特に何も考えてないのか、ぼそ

りと言った。

愛氷の罪

一条がにこにこ言い、教室の前方を見た。

「そろそろ、理学の先生が来る時間だよ」

藍堂はデータを記した書類を瑠佳から受け取り、席へ戻った。

教師が来るまで、見るともなしに目を通す。そこには、自分で記載した乾いた数字や記

号が並んでいた。

あれから薬を毎日渡しているが...

北郷が増えてるよな、明らかに

ふふふ

こっ

「...だいたい、みんな、僕を頼りすぎじゃないか?ま、天才と言われた僕をあてにす

るのも無理はないけどね」

少し胸を反らした藍堂に、「露骨に瑠佳が顔をしかめる。

一違うわ。あなたがあの子と仲多いいからよ。ただそれだけは

「何だと......?

やめとけって。英も瑠佳も

険悪な空気をやわらげるように架院がとりなす。

「まあまあ、藍堂。君が一番、この研究に力を入れてるんだ。だから、皆がつい頼ってし

まうんだよ」

少し計算と違う。目覚だと、薬はもうと少量で事足りるはずだったのだが、

しかし、月の寮を訪れる風花はいつも笑顔で元気だ。

だからー

効果は確実に出ている

ふと、窓の向こうに見える陽の寮を見た。

普通科の生徒たちはその多く『がまだ起きているらしく、窓明かりがたくさんついている。

人間と吸血鬼が共存する、この学園

この環境を生かさないのは愚かなことだ。

だから、僕はやるんだ!!

吸血鬼の世界に君臨すえ、枢の思想のために。

それが藍堂の義務であり、使命だ。

「ふーうか。お昼食べよう」

ランチBOXを手にしした香苗が声をかけてきた。

愛氷の罪

から

机に頬杖をついてぽんやりと外を眺めていた風花は、気のない返事を返した。

うん...

「今日はね、私の妊物が入っているから楽しみなの。デザートは何かなあ」

香苗の言葉を素通りさせ、風花は考え込んでいた。

どうして毎日、同じじ夢を見るの.....?

ただの夢なら、こんなにも気にしない。ただ、あまりにリアルで。

リアル過ぎるから余計に厭わしく、恐ろしいのだ。

ここのところ体調悪いから、そのせいかもしれないけど、

夢のせいで寝不足で。そのせいか貧血も頻繁に起きる。

風花は指先をそっとスカートのポケットに忍ばせた小さなケースに滑らせる。あれ以来

ずっと貧血気味で、お結局、藍堂から薬を分けてもらっているのだ。

薬を飲むようになってから、今日で七日。なのに、症状はあまり軽くならない

【ブレーキ音、悲鳴、真っ赤な血ーわたしの、血...!

夢の中身を思い出すたびに、身体から血の気が引いていく。ような気がする。忘れようと

しても、眼裏に焼きついて離れたない。こんなことは初めてだった。怖い夢を見ても、しょ

せん夢は夢。時間が経てば忘れてしまえたというのに。

カー

しかし

くっ

「どうしたの、風花。もしかしてまた、聖ショコラトル・デーのことで悩んでいるの?」

「え?聖ショコラトル・デー?」

ふいに現実に引き戻され、風花はハッと目を瞑った。

目の前で、ランチBOXを広げながら、香苗が風花を見る。

あ、違った?」

風花はあわてて笑顔を取り繕う。

「うん、そう、ぞうなの!!」チョコのこと考え始めたら、止まらなくなっちゃって」

さすがに、気合い入っているのねぇ。それで、どんなチョコにするの?」

どんなって?

きょとんと首を傾げた風花は、今初めて気づいたというように両手をほんと打った。

「そうだ。玖蘭先輩にチヨコを渡すんだった」

ちょっと、何ボケてんのよ!何のために月の寮に侵大までしたと思ってるの!?

あきれて思わず大きな声を出した香苗の口を、風花は急いで塞いだ。

一番苗、大きな声で侵入とか言わないでー!」

「あ、ごめんごぬん」

香苗もあわてて首を疎め、それから額を突きつけるようににして小声で容談を続ける。

...

「氷の!!

突然、脳裏に藍堂の顔が浮かび、風花は盛大に真っ赤になった。

一嫌だ、風花どうしたの!?熱でもあるの?」

「ううん、何でもない、大丈夫。玖蘭先輩がわたしのチョコを受け取ってくれるところを

想像しちゃって、つい。何でちない、何でもないの!!」

ふるふると首を振って何とかごまかしたものの、風花は内心相当に動揺していた。

どうして、どうレて藍堂先輩この顔が出てくるのよー!!

しかも、思い出したのは、あの夜の。

貧血を起こした風花を抱きとめてくれた胸の。

心配そうに風花を覗き込んでいた瞳の、

「それで、玖蘭先輩の好みはリサーチしたの?」

「あ、えっと......」

あの夜以来、板には逢えていないから、情報も集めようがない。

板のこととなると露骨に機嫌が悪くなる藍草はともかく、他の三人に聞いてみても、い

つも器用に話題をはぐらかされてしまうのだ。

だいたい、わたし、月の寮に行けるだけで舞い上がっちゃっているから、リサーチまで

気が回らな...

「ねえ、風花。あの店のは、どうだった?」

「...んー...!」

週末、外出許可を取り、風花は香苗と一緒に街へ出た。

どくん、とくん。

心臓が強く脈打つ。

どくん、とくん。

でもその鼓動は、嫌な感じ立てはないのだ。だからこそ、風花は余計に混乱する。

あーん、もう嫌〜!

悩める乙女・風花は結局、お昼、飯を食べ損なってしまった。

真っ赤な頬をしている風花に、香苗が微笑む。

「そんなに好きなのね、玖蘭先輩のこと」

「う、うん......

そうよ、わたしが好きなのは枢さまなのよ!?何で藍堂先輩が出てくるのよ!

愛氷の罪

ーって、わたし、追いかけてどうするのよ?

自問自答した次の瞬間、胸がカッと熱く跳ね上がった。

クラ

目的は聖ショコラトル・デートのためのチョコの買い出しと、この前、塀を越えたとき、

協力してくれた香苗へのお礼だ。

「やっぱり手作りにしたほうがいいんじゃない?朝一番にバルコニーに届けるんでしょ。

だったら、インパクト重視よね。あっちのお店も見てみようよ」

風花以上に気合いの入っている香苗に引っ張られるように、風花が歩き出すと・

え?あれは......藍堂先輩?

道路の向かい側の路地にに藍堂らしき人影が入っていくのが、目にとまった

一緒にいるのって......確か、支葵千里先輩?

月の寮に通うようになってから、支葵とは一度もすれ違うただことすらない。が、モデル

をしている彼は普通科の女子の間では何かと話題の人物なので、顔は憶えていたのだ。

「どうしたの?風花」

「あ、わたし、ちょっと知り合いを見かけたから...声かけてくる。先に行ってて」

風花は道路を斜めに横切り、反対側に渡った。先ほど競霊たちが入っていった路地を見

つけ、足を進める。数歩歩いたところころで、風花ははたと我に返った。

牙?

...そいつを放せ」

藍霊の声が聞こえたかと思うと、風花は地面に身体を投げ出されていた。

とっさに半身を起こして振り返ったとき、男の身体に鞭のようなものが巻きついている

のが見えた。その男この口元には、二本の

ちか~

ひび!!

気づいたときには、風花は自分より身体の大きな誰かに後ろから抱きすくめられていた。

あんた、うまそうだなぁ...〈へへ〉

だみ声が耳元で響き、ざらりとした舌が風花の首筋をなめ上げる。

......

上げようとした悲鳴は、節くれだった手のひらに覆われ、塞がれてしまった。

な、なに...?。痴漢?変質者?

風花はなんとか逃れようと、身をよじる。

そして、次の瞬間。

香苗のところに戻ろう。

そう思ったときだった。いきなり、上から何かが降ってきたのは、

...きゃ!」

くびすじ

愛氷の罪

「あんた、貴族様かい」

男のだみ声が揶揄するように、鞭の主に投げつけられ、風花の意識は逸れた。

支葵先輩...っ!

その鞭は、なぜか支葵の指先から出ているようにも見えて

「来い!」

藍堂に腕を引っ張られ、風花はよろけながらも走った。

細い路地を走って、走った......そうしてーー明るい陽射しに一瞬、目がくらんだ。路地

から大通りに戻ったのだ。

「なんで、あんなとこころにいたんだ?

「なんでって.....今日は買い物に......藍堂先輩たちこそ、なにを...

そこへ路地の暗がりから、支葵が現れた。

「終わったよ、藍堂さん」

陽射しの下に立つ色の白い支援は、透き通ってしまうかのように儚げな印象で。先ほど

瞬だけ見た、鞭を振るって男を縛り上げていた力を持つているようには、まったく見え

なかった。

「その子...

支葵の瞳カ風花を捕らえる

ああ、例の子だよ。普通科の」

風花から、つい、と目をそらし、支葵は踵を返した。

「俺はこのまま仕事に行くから、じゃ」

ああ」

支茨が立ち去ったあと、藍堂はなんとも困ったようなー

風花を見た。

あ、あの、ありがとうございますした...痴漢から助けてくれて」

痴漢......?

「...あの、文英先輩にお礼を言い損ねてしまったので、よろしくお伝え下さい。友達を

待たせているので、わたし、行きますね」

風花はぺこりと頭を下げると、、その場から走り去った。

痴漢から藍堂先輩が助けてくれた...こんな偶然アリ?

胸がドキドキするのは、頬が熱いのは、走っているせいだけではないだろう。

一面倒だな、というような顔で

き上げたのだった。

走っていく風花の後ろ姿が、人混みに紛れて見えなくなり、

りとかきあげた。

「痴漢か...そういうことなら、記憶を消すまでもないか

根からの命を受け、狩りに出ていた藍堂と支援が見つけたのは、あの元人間の吸血鬼が

風花の首筋に今まさに牙を突き、立てようとする瞬間だったのだ。

ただでさえ、風花は最近、貧血を起こしやすいのだ。あこの吸血鬼の本能のおもむくまま

に血を吸われていたら、ショックで死に至っていたかもしれない

へ...そのほうが、あいつのためだったのかもしれないで

「ーって、何考えているんだ、僕は」

藍堂は一瞬思い浮かんだ考えを振り払うかのように、もう一度、苛立たしげに前髪をか

枢さま、極さま。わたしが好きなのは枢さま

消灯時間が過ぎ、ベッドの中に潜り込んだ風花は、心の中で必死で自分に言い聞かせて

...藍堂は前髪をくしゃ

愛氷の罪

いた。

ああもう!違うの、そっちじゃないの、極きまなの〜!!

なぜか、どうやっても藍堂の顔が浮かんでしまうのだ。

もう〜!

風花はじたばたと手足を動かし、枕を抱き締めてぎゅっと目をつぶる。

わたしは藍堂先輩が苦手なの。だって、冷たいし、愛想ないし、意地悪だし...

ほち、と目を開ける。

――でも...助けてくれたのよ、ね...

貧血を起こした風花を介抱亡てくれたのは枢ではなく、藍堂だ。藍堂にしてみればいい

迷惑だったに違いないだろうに。でも、面倒くさがる様子も見せず、風花が落ち着くまで

そばにいてくれてーーそして、今日も痴漢から、風花を救ってくれた。

どくん、とくん。

まただ。

またしても、心臓が好き勝手に跳ね始める。

「藍堂先輩って不器用なのよね...:きっと

目を閉じて、板の顔を思い浮かべようとするのだが、

違うのよ、わたしが好きなのは枢さまで、だから知りたいのも極きまのことのはずで

どくん、とくんっ、よくん...。

板に初めて逢ったときも、心臓がどきどきしていた。息子ら自由にできないくらいだっ

た。けれどこのどきどきは、枢に逢ったときとは何だか少し違うのだ。

どきどき、ではなく、とくん。

「あーもー、どうしよう......何が何だかわからない...どうしたらいいのよ〜...

枕に額をぐりぐりと押しつけ、風花はため息をつく。

そうだ!」

いいことを思いついた。

そこまで考えて、風花ははっと顔を上げた

らなかっただけなのだ。本当に意地悪な人は、風花を助けてくれたりはしない。本当に冷

たい人は、夜に一人で帰る風花を門まで送り届けてくれたりはしないだろう。

藍堂がそっけない態度ばかりを取るから、ついつい風花も普地になっていたのだけれど。

勘違いしていたんだわ、わたし。藍堂先輩と仲良くなりたいな。もっと、先輩のことを

知りたい...

初対面の印象は最悪だったし、それ以来藍堂に対しては苦手意識が強かったから、わから

愛氷の罪

う、ん...

な声を出してしまっても聞こえないだろう。

藍堂先輩、どんなチョコが好きかな

クッキーを持参したとき、は手を伸ばしていたから、甘いものが嫌いではないはず。

でも、クッキー程度なら大丈夫でも、甘いチョコレートは苦手かもしれない。けれども

し甘党だったら...!?

思わず叫ぶと、隣のベッドで香苗が寝返りを打った。

風花はあわてて口を両手で覆う。

俺ない危ない。香苗が起きちゃう

もぞもぞと再びベッドに寄り込み、掛け布団を頭から被る。これなら、少しくらい大きく

そう、これはお礼なのだ。

お礼にチョコレートを渡すのは、おかしな話ではない。

「よし!本命は玖蘭先輩で、監査先輩にはお礼のチョコレート。これで決まり!それ

なら何の問題もないわよねーって、何の問題!?」

そうよ、藍堂先輩にもチョコをあげればいいんだわ。また王薬のお礼もしてないし、感謝

この気持ちは素直に伝えたいもの。今日、助けてくれたお礼だってしなきゃ、だし

風花は月の寮へと急いだ。

したく

情報が不足しすぎている。

「う〜ん。わからない...」

可愛すぎるのも、避けたほうおかいいかもしれない。あまりに可愛らしいチョコレートを

見て、風花のことを子供っぽいと思われても困る。でも、お洒落すぎるチョコレートだと、

気合いが入りすぎているようで気恥ずかしい。

監堂先輩のチョコ...うーん.....

眉間にしわを寄せて考ええ込んでいた風花は、がばっと起き上がった。

そうだ、聞いちゃえばいいのよ

直接本人に好みを聞いてしまえば失敗はない。

ちら、とベッドサイドの時計を確かめる。もうかなり遅い時間になっていた。このとこ

ろ具合もよくなかったし、今夜は月の寮に行くつもりはなかったけれど。

もう眠ってしまっているかも。...でも、行くだけ行ってみよう。夜間部だから、まだ起き

きているかもしれないもの」

思い立つや否や、さっさと支度を始める。

「寝ていたら引き返せばいいし。起きていたら聞いてみればいいんだもの」

愛氷の罪

早く月の寮に行こうっと

かじかんだ手を吐息で温めつつ、先を急ぐ。肩の辺りで髪が躍る。

いつもより更に遅い時間のためか、誰も正門にいながっだので、そのまま通り抜ける

そうして月の寮の玄関口に到着し、ドアノブに手をかけたとき。

やわらかな声がドア越しに聞こえてきた。この声は、一条だ。

風花ちゃんは、薬の実験台としては最適のようだね」

自分の名前が聞こえてきて、風花は思わずドアノブに手をかけたままの状態で立ち止まる

った。続いて聞こえてくるのは、架院の声。

「タイミング良く、症状も出始めたからな。やっぱり発症していないと効果がわかりづら

いから...ちょうど良かったな」

「ああ。薬もちゃんと渡してあるし、経過は見やすい」

「さっむ〜い...!!もっと着込んで来れば良かったぁ...!!

ぎゅっとコートの前をかき合せながら、はあっと息を吐く。白い吐息が、ふわりと広が

って溶けていく。いつもより時刻が遅いせいか、冷え込みが厳しい。

監視。自分と

発症。監視。

実験台。

意味がわからない。

「まさか、あの子が吸血鬼予備軍だとはね...!」

一最初の夜に、血の匂いでわかうたんだよな、玖蘭寮長は

「いずれ、レベル・Eにに堕ちるのは時間の問題だ」

聞き慣れない言葉ばかりが飛び交っている。けれど、一条たちが話しているのは、間違

いなく風花のことだ。それだけは、はっきりとわかった。

自分とは縁遠い言葉が次々と耳に飛び込んできて、風花は微動だにできずにいた。話の

一覧室。あなた、あの子と仲が良いみたいだから、引き続き監視をよろしくね」

「仲良くなんかない。元人間の吸血鬼となんて。それに、監視なんて面倒くさいことはご

めんだね」

「あら、そう?だってあなたこの間、彼女のこと介抱してあげていたじゃない」

「あの時は、ああするしかなかったんだ。薬を渡す良い機会でもあったからな」

まあまあ。ともかく今は、投薬の経過を見るとしよう。

愛氷の罪

投薬。

ぱらぱら、と何かをめくるような音。一条のやさしい声が、こんなにも冷液に、冷静に

聞こえたことは初めてだ。ドアの向こうにいる一条は、風花の知っている一条ではない。

「データを参考にするなら、かわいそうだけど...あの子が吸血鬼化するのは、そう遠く

ない話だろうね」

冷静すぎてーー怖い。

この人たちは、何...?何を言っているの...

カ......?

この場から逃げ出したい。なのに、足が動かない。必要以上に敏感になった聴覚は、風

花を傷つけるだけでしかない言葉を、次々と拾って、脳裏に刻みつけてゆく。

一藍堂。彼女の経過をどう思う?」

「薬がたいぶ効いているんじゃないかと思う。まだ、そんなに症状は進行していないんじゃ

データも順調に取れているね、律儀に通って来てくれているから助かるよ」

もしかして、藍堂先輩にもらった、あの貧血のお薬が...?

足元がぐらつくような気持ちで、風花はただただ立ち尽くす。

わたしが、実験台......?監視って、いったい、何の、こと...?

・?吸血鬼...吸血鬼って、わたし

わたしが吸血鬼なんて、...絶対に、嘘よ...!!

ショックのあまり立っていられず、玄関口に座り込む。

誰!」

かすかな物音を聞きつけた瑠佳が鋭い声を放つ。

玄関が勢いよく聞き、真っ先に(飛び出してきたのは藍堂だった。

ここ最近の貧血の頻度ーーあれは、明らかに異常だと。

ゃないかな」

「そうね。まだ貧血程度だし。堕ちるまでには時間があるわ」

「それじゃあ、今回開発した是非が、彼女の吸血鬼化を少なからず抑制しているっていうこと

とかな?

「だといいが。まだ、自覚はなさそうだな。とにかく経過を見ないことには、結論は出せ

ないだろう」

吸血鬼なんて、想像上の生き物やじゃないの...:嘘よ、嘘だわ!

風花は瞳に涙をいっぱいに溜めながらも、必死にこれは嘘だと思い込もうとしていた。

きっと、何かの間違いだ。あの夢と同じ、悪い夢だ。だから、違う。

けれど本能が悟っていた。

バイ

ウア

愛氷の罪

「お前ーー!?」

嘘だと思った。

たちの悪い冗談だと思った。

けれど、藍堂の顔を見たとき、すべてわかってしまった。これは現実なのだと。事実な

のだと。藍堂は明らかに動揺していたー風花が、全部を開いてしまったと気づいたとき、

もう嫌、何なのよそれ!!

くちびる

唇をきつく噛み、ひたすらに走る。がむしゃらに走ろ。息が苦しかろうが足がもつれよ。

舌打ちをして、藍堂は走り出した。

藍堂先輩.....

藍堂を見上げた双眸から、大粒の涙が転がり落ちーーそして、風花はいきなり背を向け

て走り去っていく。

「おい、待て!」

とっさに手を伸ばししたが、風花の足は速く、

くそっ」

うが、構うものか。ただ走って、逃げたい。この現実がら。恐ろしいーー事実から、

一嘘よ嘘よ、嘘よ...っ」

藍堂の目が、語っていた。聞かれたくはなかったと。

一全部...:本当のここと、なの......

荒い呼吸を繰り返しながら、ようやく風花は足を止めた。そのままずるずると地面にへ

たり込む。咳込みながらも肩で息をし、涙をぽろぽろとここぼして、風花は繰り返すの

「何でなの。何で!?」

皆、嘘をついていたのだ。

月の寮の人たちがやさしかったのは、風花への好意などではなく、実験台と監視者の関

係だったから。風花を監視する必要があるから寮への出入りを許したのだ。そんな思惑に

ちっとも気づかず、風花は踊らされていたのだ。何も気づくことなくのんきに喜んでいた

なんて、まるで操り人形だ

どうして......

転んだ際に擦り細いたのか、手のひらに血が滲んでいる。真っ赤な、独特の匂いのよ

血。この血さえ、もう人間の血ではないのだろうか。吸血鬼、の。

わたしは......化け物なの...:?

...っ!

愛氷の罪

ヴァンパイア

かさりと章を踏む音が聞こえる。

ゆっくりと首を上げるとそここには靴があり、脚があリカ

藍堂の、静かな表情に辿り着いた。

「藍堂、先輩...!」

闇の中、月光に浮かび上がる風花の青白い顔は人形のようにに無表情で、夜風が監堂の髪

を揺らし、二人の間を冷たく駆け抜ける。

「.....大丈夫か」

「藍堂先輩。わたしが、吸血鬼って...どういうことですか」

思い詰めた眼差!しか藍堂に縋りつく。

「わたし、普通の女の子です......化け物なんかじゃ、ない...

藍堂は片膝をつき、風花に目線を合わせた。

「お前は普通の人間だだ。今は、な...

「今、は......?

|お前は学園に来る直前の長期休暇の時、交通事故に遭っただろう」

学園に来る、前...?

風花は中等部からではなく、高等部からこの学園に入ったのだが。そんな記憶はない。

「徐々に視線を上げていくと、

ウアンパイ

はる

ウアンバイ

ひょ

「交通事故.....?」でもあれは、ただの夢―

あの夢が、ただの夢ではなく現実のことだったとしたら、

「お前は実際、事故に遭ってている。そして、命を失うほどの大怪我を負ったんだ」

どうしてそんなこと、藍堂先輩が知っているの?わたしが覚えていないのに」

しかし、それには答えず、藍堂は続けた。

一事故に遭ったとき、お前は瀕死の状態だった。そこに偶妖居合わせた純血種の吸血鬼が

気まぐれに助けたらしいんだ。結果的には、助けたとは言えないかもしれないが...」

藍堂の語る事実は、風花の想像を遙かに超えていた。

吸血鬼の中でも純血種と呼ばれる存在は、強い生命力を与ええることができるのだという。

しかし、純血種の吸血鬼に咳まれた人間は吸血鬼化する。そして吸血鬼の本能|血を

求める欲望に逆らえなく、なり、待っているのは、吸血鬼としての死ー

人が吸血鬼に堕ちた最後の段階を、レベル・Eと呼ぶのだという。

どうして...とうして藍堂先輩は、そんなこことを知っているの...

藍堂は静かな面持ちで答えた。

「僕も吸血鬼だ。正確には、夜間部全員がそうだ。ごく限られた人間しか知らないことだ。

カ.....

ヴアンパイア

―終焉。

憂氷の罪

て浮かんでいた。

もし風花のことをただの実験台としてしか見ていないのなら、こんな表情はしないだろ

う。もっと冷静なはずだ。一条や、瑠佳たちのように。

〈今まで...家族がいて友達がいて、いつも笑顔があふれていて...全然、不幸せなんか

とまー

監堂の声は明らかに苛立ちを含んでいる

いきどお

その顔には怒りと戸惑惑はいと、憤りと忍耐とし――さまざまな感情がせめぎ合い混さり合っ

ヴアンパイア

しれない」

「そんな...?ひどい!わたしもはそんなこと、望んでいない!!」

「その純血種を恨むのか。でもお前は、吸血鬼になったおかげで今まで生きてこられたん

だぞ。それは、不幸せなことか?事故で死んでいたら、今のお前はないんだ」

すとんと、風花の中に真実がひとつ吸い込まれた。

藍堂も一条も、瑠佳も架院も桜も。

全員が、吸血鬼。

人、ではなかったのだー

「お前は死にかけたところを純血種に呟まれて、吸血鬼として復活したんだ。お前の記憶

は、純血種に操作されたんだろう。その記憶が戻り始めていたのは...:薬の、副作用かも

あの薬、ですね...!?

じゃなかった。とても幸せだったわ...この幸せが、当たり前だと思っていたのに...

あまりにも残酷だ。

どうしたらいいの...!?わたしは、どうしたら...

両親や香苗の顔が思い浮かんで、再び風花の目から涙がこぼれ落ち始めた。

天命に逆らって得た幸福の代償が、この結果なのだとしたら。

取り乱す風花に、差し伸べられる手があった。

薬を飲むんだ。今は実験段階だけど、それしか方法はない」

貧血の薬だとばかり思っていた、あの薬。

そうだ。お前に渡していた栗には、吸血鬼化を排制する効能がある。あの薬を飲んでき

えいれば、進行は抑えられる

風花は藍堂の目をじっと見つめた。

苛立ちの色の、その奥。

かすかに風花への気遣いが見えてたような気がして、風花はゆっくりと息を吸い込んだ。

「わかりました。薬を飲み続けます...実験台とか、もう、どうでもいい。わたしは

藍堂先輩を、信じます」

おお

愛氷の罪

藍堂の唇が一瞬、ほんのわずかに震え。

その唇を意志の力で引き結んで、目線を地面に落とす。

「...ああ。信じていい。僕は天才だからな」

ころん。

ケースから取り出した錠剤を手のひらの上で転がす。

白い、小さなー本当に、普通の薬のような外見の。

「血液錠剤」と呼ばれている開発中のこの粒が、風花の吸収血鬼化を抑制するのだという。

吸血鬼。

人の血を喰らう化け物、

わたしが、そんな存在に、なる...

自覚なんてない。まだ信じられない。

「わたし、どうなっちゃうんだろう...

どこをどう歩いて帰ってきたのかも覚えていない。

風花はベッドの上に座り、ぽんやりとビルケースを眺めていた。藍堂の持っていたビル

ケースだ。藍堂が風花にくれたのだ。中に入った薬ごと。

この薬が、わたしを助けけてくれるの...?

聖氷の部

・ろど

一瞬だけ見た二本の牙。藍堂と支葵が現れなければ、血を吸われていた。

―っていうか、わたしが先輩たちを追いかけなければ、あんな危ない目に遭わなかっ

たんだわ

そして皮肉なことに、今となっては、あの出来事は一藍堂に助けられた」というときの

きを伴うものではなく、「いつか自分も、ああいうふうになってしまうのだ」という恐怖

に彩られている。

レベル...E。遠からず、、風花の堕ちる先。

そのとき、自分はどんな気持ちなのだろう。

友人に、周囲にいる人は、手当たりり次第に襲いかかり、血を奪い、

ヴアンパイア

わたしが見たのは....吸血鬼の牙だったのね。

きゃ

電堂の話では、昨日、自分を襲った男はレベル...Bなのだという

手の中の粒を、ぎゅっと握り締める

藍堂は、包み隠すことなく教ええてくれた。風花が問うままに、純血種に咬まれた人間が

どうなるのかを、教えてくれた。

風花はやがて吸血鬼になり、人間ではなくなる。誰かを襲い、血を貪る化け物ー

ル..Eに成り下がる。

ーーー

..

かち

クラス

くんり~

ヴアンパイア

ヴァンパイア

吸血鬼の本能で血を貪りながら、心の中で叫んでいることだろう。

こんな化け物にはなりたくなかった。普通に、人間として生きていたかった、と。

...っ」

これは、逆らえない運命なのだという。それをはっきりと告げてくれた藍堂を、やさし

いと風花は思っている。連命でも何でも、知らないまま堕ちていくよりはずっといい。

黙り通すことだってできたのだ。誤魔化すことだって、嘘を教えることだって。

先輩たちは、生まれながらの吸血鬼...

藍堂の話では、夜間部の生徒は皆、吸血鬼なのだという。それも、数えるほどしかいな

吸血鬼の世界の最頂点に君臨する「純血種」である板と、その次位、『貴族階級』で

ある藍堂やその他の生徒、つまり支配階級にある存在だけ。

その下に一般吸血鬼が属し、最下位にあるのが元人間の吸血鬼であり、その中でもレベ

ル...E|ENDDは、支配階級がその生死までをも管理する。

彼らは、【管理するもの】。

風花は、『管理されるもの』。

この差も悲しくて悔しかっただ。生まれが違う。立場が遠う。あまりにも、違いすぎる。

支配階級にとっては、風花は家畜のようなものでしかないのだろうか。

ごま

かな

愛氷の罪

この錠剤を飲み続けるしかない

風花に残された、最後の希望。風花の崩壊を防ぐ、唯一の手段。

少さな、本当に小さな希望だけれど、今はこれに縋るしかない

こんなことなら...っ!!」

助けてもらわなくてもよかったのに。

『今まで生きていて、つらいことだけだったか?「幸せだ」と思ったことは一度もないの

か?

藍堂の声が脳裏に響いて、憎悪に凝り固まり始めていた「風花の心が、ふっと和らいだ。

この学園に入らなければ、親友の香苗には逢えなかった。

誰も、恨まない...。わたし、は.:.」

心に抱え込まされたものがどんなに重く辛くても、

叫び出し、逃げ出したくなるほどに恐ろしくても、

風花に残された道はただひとつ。

毎日を、必死に生き抜くこと。

自分は自分で、他の何者にもならない。自分は、最後まで自分らしくいたい。

そのためにもー

...

めまいが風花を襲った。視界が真っ赤に染まる。喉が渇く。全身が、ひどく渇いている

から

のを感じる。

急いで錠剤を口に放り込み、ベッドサイドに置いてあったコップの水で流し込む。仰け

反った喉をごくごくと上下させ、コップの中の水を飲み干して、荒い呼吸を繰り返す。

今、この唐突な渇きを癒したのは、水だろうかーーそれとも。

恐怖と不安でガタガタと震える身体を、風花はどうすることもできない。

助けて...動けて......

小さなふさな、身を切るような祈りこの言葉は、誰に届くこともなく。

暗闇の中で身を丸め、風花は、一晩中震え続けた。

「風花、何か最近顔色悪いけど...体調でも悪いの?」

朝、制服に着替えていると、香苗がふいに風花の顔を覗きこんできた。

「え...?そんなこことないよ。元気元気に

「氷の部

「そう。ならいいけど、風花、最近ちゃんと寝ている?食欲もあまりないでしょ?も

し何かあったら、言ってね。遠慮なんてしなくていいから」

「うん、わかってる。いつも、ありがとう...

香苗のやさしさが胸に染みて、少し苦しい。

このままだと泣き出してしまういそうで、風花は鞄を掴んだ。

わたし、ちょっと先に行くね」

部屋のドアを開けて、出ようとしたとたん、またしてもめますいがした。身体ごと視界が

揺れて、頭の中がぐるぐると不快に渦巻く。

...

嫌だ...

ぐっと我慢したつもりだったのに、力の抜けた指先から鞄が落ち、気がついた香苗が駆け

け寄ってきて小さく声を上げる。

「どうしたの、風花7.真っ青よ!?」

「大丈夫...:薬を飲めば、大丈夫だから」

「ともかく、横になったほうがいいわ。立てる?肩にい損まって。足元、気をつけて」

ふらふらの風花を懸命に支え、香苗がベッドまで連れて行ってくれた。

ベッドに腰を下ろした風花が震える指でピルケースを取り出すと、すかさず香苗が水を

まゆ

持ってくる。

「はい、お水。先生かお医者さん、呼ぶ?」

「大丈夫ーーもう、慣れたから」

薬を、水で流し込む。

「これで、しばらく休めば平気だから」

ほっと息をついた風花の手から残っていた錠剤が滑り落ち、コップの中に落ちた。

あ、いけない」

大切な薬なのに...

一粒、無駄にしてしまった。

・錠剤は、コップの中で水の抵抗を受けながら、ゆっくりと沈み、溶けていく。ゆらゆら

と揺れる白い粒が、赤い色を放って水を染め替えていく。

毒々しい、禍々しぃ真紅へと。

なんか怖い色してる...風花。それ、本当にお薬なの?」

コップを見た香苗が、気味悪そうに眉をひそめた。

「う、うん...大丈夫。色素がついているらしいの。身体には影響ないし、いつもは容か

さないで飲んじゃうし

愛氷の罪

香苗に怪しまれないように言い繕いつつ、風花は銀剤の溶けた水を見つめる。

そうか...このお薬、血でできているんだわ...

鮮烈で濃いこの色合いが、血以外の何だというのか。そして今飲み下した錠剤も、風花

あの中で、こんな風に溶けているのだ。

わたし、血を飲んでいるんだわ...

形はどうであれ、血を飲んでいる時点で、もう化け物だ。

意識が闇の奥底に引きずりこまれるような気がして、風花はぞっとする。

大丈夫?今日は授業休んだら?先生には、わたしがら言っておいてあげるから」

「ううん。少し休んだら行くわ。遅刻するって言っておいて」

「わかった......じゃあ、先に行っているね。でも、無理しちゃ駄目よ?」

香苗はいつまでも心配そうに風花の様子を見守っていたが、やがて予鈴が聞こえ、急い

で部屋をあとにした。

張り詰めていた気が緩み、風花はベッドに倒れこんで荒い呼吸を繰り返す。おかしい。

いつもより、薬が効くのが遅い

「もう、時間がない....学校に行きたい。少しでも、普通に暮らしたいのに...

香苗にすべてを打ち明けてしまえたら、

でも駄目だ。吸血鬼の存在日体、普通の人間は知らないのだから。

打ち明けてしまったら、二度と以前のような生活には戻れない。香苗も、風花の背負っ

た運命に深く傷つくだろう。大好きな香苗の、笑顔が曇るのは嫌だ。

だから、隠し通す。もし、レベルい、Eに堕ちてしまったら、潔く消える。

それが、風花の導き出した結論だった。

「ごめんね、香苗。ごめん、ね...

風花は、ぎゅっと唇を噛み締めた。

夜になり、香苗が眠ったのを確かめてから、風花は月の寮へと向かった。

壮麗な、月光に映える佇まいの月の寮ーー吸血鬼の館。

ここを、こんな気持ちで訪れることになるなど、想像もしていなかった。

玄関をノックすると、顔を出したのは藍童だった。

ああ、お前か。薬か?」

風花は以前とはまったく違う。、強張った表情で頷いた。

愛氷の罪

「すぐ持ってくる。入ったらどうだ」

「ここでいいです」

「...わかった。待っていろ」

あんなに楽しかった場所なのに

今は、足を向けるのさえ嫌だ。疎ましい。一条ならの顔も、今は見たくない。あのやさ

しい仮面の奥の、冷徹な支配者としての面を知ってしまったから。

窮堂も同じ支配者階級だけれども、藍堂のことだけは信じることにした。

風花に、たとえ実験を進めるためとはいえ、正直に話してくれた唯一の吸血鬼だから、

「これで、しばらくは持つだろう

手の中に加わった薬の重みを感じ、風花は小さく礼を言う。

「ありがとうございます」

「お前、元気ないな。顔色も悪いぞ

「そんなことないです。薬もちゃんと飲んでいますし

風花は、急いで笑顔を浮かべた。

「そうか?それならいいけど。何か変調があったらすぐに言えよ」

「はい...。あ、そう言えば、もう少ししで聖ショコラトル・デーですね」

した。

あのときはまだ、こんなことになるなんて思ってもいなかった。

あっという間に風花の運命は変わり、塗りつぶされていくーー血の色へと。

うーん...甘いのは好きだけど、あんまり甘いのは嫌だなあ。甘すぎると、味覚がおか

しくなりそうだ」

「そうなんですか」

わたしが月の寮に忍び込みんだのって、聖ショコラトル・デーのためだったのよね

裏庭で、初めて枢に逢って。

すべてはそこから始まったのだ...。

ほんの少し前のことなのに、まるで遠い昔のこことのような気がする。

「そうーチョコを、渡すのが、目的だったんですよ」

苦し紛れにチョコの話を出した風花は、ふと思い出す。

そうだね。わたし、お礼のチョコを渡そうと思う。っていたんだっけ...

あ?ああ、そんな行事もあったな

先輩は甘いチョコと書いチョコ、どうちが好きですか?

このままだと体調が優れないことを藍堂に気づかれてしまういそうで、風花は話題をそら

憂氷の罪

「暁.....

一彼女はあくまでも実験台だ」

は?何言ってんの?」

風花を門まで送り、藍香が自室に戻ってくると、架院が待っていた。

いきなりわけのわからないことを言い出した風花に、藍堂は眉をひそめる。

「...お前、もしかして僕にチョコを渡そうなんて考えていないだろうな」

まさか。わたしは玖蘭先輩一筋ですもん」

露骨に迷惑そうな藍堂に、風花もぺろっと舌を出す。

「よーし、気合いが入ってきた!がんばるぞ!」

「枢様に渡すなんてますます許せん。僕が何としてでも阻止してやる」

どうぞ。その勝負、受けて立ちます!」

風花は楽しそうにくすくすと笑う。

あまりにも風花がいつも通りに振る舞うから、

藍童は、迫り来る悲劇の予兆を、見逃してしまったのだ。

架院は冷静だ。藍堂を責めるでちなくたしなめるでもなく、ただ貴実を突きつけてくる。

そして言外に忠告する。深入りするな、と。

一何を言っているんだ?そんなこと、当たり前だろう」

藍堂はするりと部屋に入ってしまい、残された架院はやれやれとでも言わんばかりにた

め息をつき、つぶやく。

「俺たちは『監視者』なんだ。感情など持ってはいけない。情けは、彼女にもーお前に

も、つらいだけだ。英...本当に、気づいていないのか」

愛氷の罪

一吸血鬼は人間よりはるかに長い時間を生きるので、人間の時間の枠には収めき

そうめい

...

「今日のメニューは、ボク風野菜たっぷりご馳走ボトフに、ボク風白身魚の香味野菜ソー

ス、ボク風ほうれんそうのガーリックソテーに...って、ねえ、ゆっきーも錐生くんも聞

いている〜?」

黒主学園理事長の居住区では、相も変わらず理事長のこのんきな声が響いている。

中等部三年にして理事長の義娘・優姫は、理事長お手製の食事のあと、ダイニングの窓を

から校舎の方角を眺めていた。

「私さま、今頃、授業中だよね...」

あの、何でも知っていて聡明な人が、どんな勉強をしているのだろうと思うと、何だか

とっても不思議な気持ちだ。

夜間部は、吸血鬼と人間の平和的共存を目指して、若い吸血鬼たちを穏健派として教育

する〟という理事長の理想のもと、数年前に設立されたばかりだ。

高等部でも大学部できない夜間部は、ハイレベルな勉強をする代わりに、何年制とは決

めない

ゆう

むすめ

れないからだ

「今は、血を吸わなくてもいい血液錠剤の開発に力を入れているって聞いているよ。優秀

な子たち揃いだから、結果が楽しみだ」

理事長の言葉に、零が忌々しそうに吐き捨てる。

「何、馬鹿なこと言っている。んだ。血に飢えた獣ともかやる。ことに疑いも持たないなんて」

「零!そこまで言わなくても」

優姫が咎めると、零はあがらさまに不機嫌そうな顔で、ふいっと目をそらした。かちゃ

かちゃとテーブルの上の食器を重ねてキッチンに消える。

一皿洗ってくる」

「ねえ理事長。大丈夫かな、零...来年は、高等部に行ってくれるかなぁ」

優姫は心配そうに理事長の顔を見上げる。

零は優姫より一つ年上で、だがら本当なら今は高等部一年のはずだ。けれど零は今、ど

こにも属していない。

零が高等部に行きたくない理由由を、優姫も理事長もわかっている。夜間部の生徒を見た

くないからだ。

普通科と夜間部は、はっきりと分けられているとはいえ同じ七校舎を使う。そのことだけ

けも

夜間部の生徒を見た

優姫はひそかな闘志を燃やし、カーテンを閉めた。

〈来年、私が高等部に上がるとき、何が何でも絶対に、零も一緒に入学させるんだか

ら!

ヴァンパイア

でも拒絶反応が出てしまうほど、客は吸血鬼を毛嫌いしている。

その理由は。

零の家族が、悪い吸い血鬼に殺されたから...

その気持ちはわかる。誰だって、家族や親しい人たちを殺されたら、その相手を憎むだ

ろう。それは当然のことだ。

でもー

枢さまのことまで嫌わなくてもいいのに。枢さまは、大丈夫なのに

優姫の命を助けてくれた吸血鬼

優姫にいつもやさしく接してくれる恩人。

「良い吸血鬼」もいるのだと、口を酸っぱくして言っているのだけれど、零はそれをど

うしても受け入れてくれない。

愛氷の罪

その夜ー街へ出てから三日後―風花は随分と早い時間からベッドにいた。傍目にも

青ざめ、ぐったりとしている。

気持ち悪いの、治らない...どうしよう...

今日は朝から調子が悪かったから、無理をしないようにに気をつけていたつもりだった。

夜になれば回復することが多かったから、今日も夜になれぱ治ると思っていたのに、一同

に回復する気配はない。むしろ、どんどん悪化していっているような気がする。

初めまいはしないけど、薬、飲もう

風花はビルケースを取り出し、ゆっくりとベッドから下りた。

香苗は今、お風呂に入っている。耳を澄ませると、勢いよく水の流れている音がする。

香苗が出てくるまでには、まだ時間がかかるだろう。

「よっ、と......

気合いを入れて、風花は歩き出しした。洗面台までは、たいした距離じゃない。それなの

に、足が重いせいか、とてもつもない距離に感じる。視界がぐらぐらと揺れる。

「う...うん」

「全然大丈夫じゃないわよ、その顔色!!薬はどこ!?

風花は震える指先で、ピルケースを握り締めていた。

待っていて、お水持ってくる」

香苗が水を汲んできて、とりあえず風花を横たえさせ、口に錠剤を押し込もうとする。

風花、お薬だよ。ちゃんと飲んで。飲める?」

......

ふいに視界が消え、耳鳴り以外は何も聞こえなくなり、自分が立つているのか座ってい

るのかもわからなくなった。ただ、手足が水のように冷たくなり、心臓が不快にどきどき

と鼓動しているのだけがわかる。

たすけ、て......

風花の意識が途切れる寸前

「シャワー、お先に。どう?風花、具合は...!」

バスタオルを巻いただけの姿でシャワールームから出てきた香苗は、床にうずくまって

いる風花の姿に目を睦った。

「風花!大丈夫!?」

愛氷の罪

どくん、とくん。

その、匂い。

ふわり。

香田の鼓動に合わせて風花の心臓も跳ねた。

おいしそう。

ちょっと、風花。いきなり起きて平気?ほら、お薬をちゃんと飲んで」

焦点の定まらない瞳で、風花は甘い香りの元を捜す。

髪を洗って上げてあるせいで「露わになった、白い、うなじゃ――湯上がりの肌の下、ただ

でさえ色の白い香苗のうなじに、血管が透けて見える。鼓動のたびに脈うつ、血管。

混濁した風花の意識に、温かな、甘い香りが届いた。

何だろうーーこれは。惹きつけられろ。引き寄せられる。

風花は固く閉じていた目を開き、虚ろな瞳で香苗を見上げる。

ああ...:香苗の、だわ

風花はその香りに引き寄せられるように、身体をゆっくりと起こす。

シャンプーやボディソープの香りではなく。

入浴で温まった身体から発せられる

瞬の痛みのあと、

おび

風花の、大きく開かれた口元には白い牙。

香苗の目が見開かれた。

首に風花の頭がもたれかかっているーいや、違う、これは

「ふぅ...、か......?」

怯えた声が、短い悲鳴に変わった。

痛っ」

普通ではない力だ。香苗はとつきに顔を歪め、恐る恐る、ルームメイトを見上げる

どうしたの、風花。何か変よ。目も真っ赤に充血して、口元...さゃあああ!!

とてもーおいしそう...

ごくりと唾を飲み込む。

だって、喉が渇いた。薬ではもう癒しきれない。だって、ここに、薬よりもずっと甘い

匂いのするものがあるんだもの。

「風花!?聞いているの!?」

風花の尋常ではない様子に、ようやく香苗も気づき始めた。

両膝をつき、風花はがっしりと香苗の肩を掴む

...

愛氷の罪

意識を失ってから、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

風花は、ふと寒気を覚えて目を開いた。

香苗の首筋に突き立てられたその牙は、的確に血管を貰き、血液を吸い取っていく。ご

くん、ごくんと喉を鳴らす音が、香苗の耳に打ちつけられる。

オイシイートッテモ、オイシイ...チョウダイ。モット、モット、チョウダイ...

風花は完全に自我を手離していた。ここにいるのは吸血鬼とその餌。親友でもルームメ

イトでもなく、ただの『食事』の対象。

生まれて初めて味わう生きた血の味に、風花の中の吸血鬼が酔いしれていた。食欲に、

そして執拗に貪り続ける。

まだだ。まだ満たされない

もっと欲しい。

すでに力のない香苗の身体を腕に抱き締め、風花の心は鮮烈な赤に染まっていく。

抗うことのできない欲望と幸福感に、風花はただひたすらに身を委ね続けーーふいに、

意識を手離した。

ウアンパ

ンバイ

まぁ

あれ?わたし...?

床に手をつき、立ち上がろう。としたとき、指先が傍に倒れている香苗の頬に当たった。

香苗.....?

血の気のない、紙のように白い顔色で、香苗は固く目を閉じてている。その髪はまだ濡れ

たまま。シャワーを浴びてから、そんなに時間は経ってないはずだ。

「香苗、どうかし....」

ふれた頼もひやりと冷たい。そして、風花は香苗の首筋にある小さな二つの穴に目を留

めた。まるで吸血鬼に呟まれたかのような、二つ並んだ小さな傷痕ーー大、

吸血鬼

風花は、はっとして口元を覆う。

...まさか、わ、わたし、が...う?わたしがやったの...!?」

疑問の答えはすぐにわかった。

手のひらが。

風花の手には、未だ真っ赤な血がべっとりとついていた。あわてて見回すと、床にも衣

服にも、血の染みがいくつも残っている。

つわたしが、やったの...?

香苗の。

親友の。

人間の血を、飲んだ!!

「い...いやぁあああ

愛氷の罪

「香苗...ごめん...!ねえ、大丈夫!?目を開けて、香苗...!!

意識を完全に失っている香苗にすがりつき、身体を揺さぶる。

力の抜けた身体は簡単に揺れ、その拍子に、傷口から新た女血がとろりと流れ出てきた。

その瞬間。

オイシイ...ミチル、カラダ...モツト...モット、モッド、モント...

凄まじいまでに浅ましい次欲望の感覚がよみがえる。

そうやって、自分は血を啜った。

っ!

ドンドシドン!

時ならぬ来訪者が騒々しくドアを叩き、たまたま一階にいた藍堂は、迷惑そうな表情を

誰かの血を吸ったのか...?

「か、香苗...どうしよう。香苗、死んじゃったかも......動かない。軌がないの...!!

「香苗?お前のルームメイトか?」

風花は泣きながら、こくりと頷く。

血液錠剤は?お前、飲んでいなかったのか...!?

藍堂が乱暴に風花の肩を掴む。

「の、飲んでた.....すっと、飲んでた...

「じゃあ、どうしてー

隠そうともせず扉を開けた。

誰だよ、うるさいなー何だ、お前か。騒々しいな。薬なら...って

藍堂の顔が一瞬にして引き締まり、美麗な眉根が寄せられる。

血臭がするーそれも、目の前で。

お前...

風花はあちこちを血に染めた姿で、子供のように怯えきっていた。

せんぱ、い......わた、わたし...:香苗、を

風花は必死に状況を説明しようとするが、泣きじゃくりながらなので、うまく話せない。

愛氷の罪

「...効かなくなっていたんだな」

こうなるとは、予測もしていなかった。何せ、吸血鬼予備軍に血液錠剤を与えたこと自己

体、初めての試みだったのだから、

ーーまずいな」

このままでは、血の匂いに他の夜間部の生徒たちが気づいてしまう。ここに風花を置い

ておくのはまずい。

僕の部屋に来い

スができてしまったらーその薬が役に立たなくなるように、

藍堂は、ひとつの考えに思い至った。

まさか.....」

思いついたのは、恐ろしい可能性

耐性力...??

薬というものは、飲み続けすると身体に耐性ができ、だんだん効果がなくなっていく。

風花に渡していた薬は、初めは効果があった。しかし飲み続けるうちに、風花の中で

だんだんと抗体ができていってしまったのではないだろうか。

ウイルスの進行を抑える特典対策の効力が薄れ、やがて対力を上回る抗体を持ったウイル

安心した風花は、堰を切ったように涙を流し始めた。

両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。

「よかった、香苗を殺してしまったと思って...でも、どうして、先輩方が...?

すると、一条は困ったように藍堂を見てから風花に視線を戻した。

困ったような、それでいてやわらかい声で一条が風花に近づく。

身を締め、一歩あとずさった風花をかばうように、藍堂が前に出る。

「一条.....」

「とにかく、今は彼女を落ち着かせることが先だ」

「条は藍堂の後ろに隠れている風花に視線を移す。

「君の友達は一命を取り留めたよ。瑠佳と架院がら先ほど報告があった

「香苗.....

生きてた!

震える風花を促し、藍堂が目室にに連れていこうとしたときだった。

一条と支葵の二人が階段を下りてきた。

待って、藍童。彼女のことは僕たちの問題でもあるんだから。一人で抱え込むうとしな

いでほしいな」

夏氷の!!

すじ

一実は僕たちはここ数日、君を見張っていたんだ」

一僕に...「監視」の役を負わせたんじゃなかったのか?」

「架院から君が。冷静じゃない。と聞いてねーー街でのことも支援から報告を受けていた

し。だから、君抜きで行っていたんだ」

「そんな.....」

ぎり、と悔しげにに藍堂は唇を噛んだ。

一話を元に戻すよ。君のルートムメイトは助かったけど、かなりの量の血液を君に持ってい

かれたようだ。しばらくは安静にしていないとね」

安心したのもつかの間、一条の言葉に背筋がひやりとする。

わたし、最低だわ...もう香苗に会えない...」

風花は膝からがっくりと崩れ落ちた。

親友の血を吸ってしまったうえに、もう少しで命を奪ってしまうところだったのだ。

「わたし、これからどうすれば...」

もう、どうしていいのかわからない。

この罪は一生消えないのだ。

絶望する風花に、一条が落ち着いた口調で言った。

くちひる

...

ろう」

ぼくたち

血を流して倒れていた香苗の様子がよみがえる。

「記憶を消したとしても、香田のところには帰れません。だって、わたしはまた親友を危

険にさらしてしまうことになる...:」

風花は親友のため、そして自分のために香苗との別れを決意した。

これ以上そばにいたら、レベルル・Eに堕ちたときに、今度こそ香苗を殺してしまう。

そうだね、君の言うとおりだ。レベル・Bに堕ちれば君はただの〝獣〟となり見境なく

人の血を求めるだろう。だが、ら君の判断は賢明だと思うよ」

「わたしは...:どうすればいいんですか?」

風花は震える声で、一条この瞳をまっすぐ見つめる。

「君はいずれ、レベル・Eにに堕ちる。その前に、隔離しなければならなくなるだろうね。

君が君でいるうちに貴族の監視下に置くんだ。外界との接触を絶ち、堕ちていくのを静か

え.....?

君も事故のときの記憶を消されているでしょ?それと同じことをしたんだよ

「でも......

一君の友達の記憶は消したから、大丈夫。お風呂から上がっそのほせただけだ、と思うだ。

基米の!!

そく

に待つんだよ」

「それはつまり...

「孤独に死ぬのを待つってこと」

今まで黙っていた支葵が言葉を発した。そうして、指先を噛みー血を滴らせたと思っ

た直後、それは鞭となって風花の身体を縛った。

「ーきゃ!」

「支葵、何してるんだ!」

韓堂の叫びに、支葵の代わりに一条が答える。

「かわいそうだけど、拘束するよ。彼女が堕ちていくスピードは尋常じゃない。早すぎる。

このまま寮の部屋に帰すわけにはいかないからね」

「そんな...こいつはまだレベル...Eに堕ちていないんだぞ。それに、まだ薬の改良の余

地はある、進行を止められる可能性だってー」

拳を握った藍草は何かを抑え込むかのように、それを震わせていた。

藍堂先輩...

風花は胸が締めつけられる思いがした。

〈藍堂先輩は、本気でわたしを助けようとしてくれてる...

二君の気持ちもわかるよ。だけど、彼女を学園に戻すことができないのはわかっているだけ

ろう?

わかってる!でも...」

「藍堂、そのへんにしておくといい...

その声に、ロビーの空気に一瞬、緊張が走った。

いつのまに来ていたのかー「その場にいる全員が声がしたほうに目を向けると、板が階

段を下りてくるところだった。

枢.....

「玖蘭寮長:...」

「お騒がせして、申し訳ありません」

藍堂が拳をほどき、丁寧に頭を下げる

構わないよ。それより、藍堂はどうしたいんだい...

板はすべてを見通しているよう友表情で、藍堂に問いかける。

「か...:彼女は、僕を信じてご薬を飲み続けてくれたんです。だから、これ以上...:裏切る

ようなことは...:」

藍堂は続く言葉を口にする。こともできず、唇を噛み締めた。枢に対して無礼な態度を取り

愛氷の罪

ってしまったのは重々承知だ。だが、発言は取り消さない。

その意図を、板は読み取った。

「わかった。その子のこことは、藍堂に任せるよ」

一条と支葵の表情が険しくなる。

「枢!それは

「いいね、一条、支葵」

「...はい」

階段を上がっていく板に、支葵はすっと頭を下げ、一条は黙って頷いた。

とにかく、外に出よう」

監堂は風花の腕を擱み、寮の外に出た。

「寒い.....

風花は今更、パジャマ一枚で外に出てきたことに気がつく。動転していたから、そんな

ことにすら気が回らなかったのだ。

これ着てろよ」

「何だ」

藍堂が振り返る。

寒さに震える風花に、藍墓は自分の上着を脱ぎ、ずい、と差し出した。

「...ありがとうございます」

藍堂のぬくもりを宿したカーディガンは、風花をすっぽりと包みこむ。

暗い庭園を、二人は歩いていく。塀の向こうに遠く見えるのは、陽の寮。建物のわずか

な部分しか見えないが、風花はなつかしい思いで、それを見上げた。

もう、あそこには戻れない...

それはもう、家にも戻れないということ。

この学園に入ってからは、毎日がただ楽しくて。家族のことはあまり思い出さなかった。

けれど。

電話ぐらい、たまにはかければよかったな...

今、電話して父や母の声を聞いたら。涙が止まらなくなる。

この決意が――鈍る。

だから風花は未練を振り切るように、口を開いた。

「藍堂先輩」

憂氷の罪

ののしヨワ

やみ

力ァ

せいじや!

きみよう

闇の中で昏く光る吸血鬼の瞳は、怖くはなかった。

だって藍堂だけが、風花を救ってくれる唯一の存在なのだから。

「お願いが、あるんです」

「...言ってみろよ」

哀しみと恐怖と、そしてきっぱりとした決意を秘めて、風花は口を開いた。

ーーわたしが、われたしでいられるうちに...

「さあっと夜風が吹いて、木々をざわめかせる。空気がじっとりと湿って重い。雨が降る

のだろうか。

けれど、二人のいる空間だ。けは奇妙に静まり返って。

切り取られたような静寂の空間の中で、風花は恍惚さえ感じる。

今だけは、誰にも邪魔はさせない。

このささやかな望みさえ中えられないような、そんな世界ではないだろう。この望みす

ら叶えられないくらいなら、いっそ世界ごと滅びてしまえばいい。

傲慢だと罵られようと、身勝手だと責められようと構わない。

想いだけは、誰にも縛れないのだから。

これが、最後の願いなのだから。

こうこ

藍堂の目が、大きく見開かれる

「お前、何言っ....」

「わたし、決めたんです」

風花はまっすぐ藍堂の瞳を見つめた。

もう怯えない。怖くもないっただー時間が、ない。

堕ちるまでに、まだ時間はある。薬の改良をするから、今はまだそんなこと言うな!!

その声は搾り出すようだった。

しかし、風花の強い視線は揺るがない。

「わたし、決めたんです」

「......っ..」

「わたし、香苗を死なせて」しまうところだった...こんなことになるなんて思っていなか

ったけど、でも、抑えられなかった」

「...お前を咬んだ純血種に血をもらえばいいんだ。...僕から」

「藍堂先輩の手で・...殺して、下さい」

うだ。

愛氷の罪

頼んでやってもいい。そう続けようとした藍堂の言葉を、風花はやんわりと遮った。

「いえ、いいんです...」

そんなことができるのなら。そんな方法が実際に自分に対して使えるのなら。

今まで緊張が、ただ手をこまねいていたはずがない。つまりー不可能。

先輩にこれ以上迷惑をかけられないし...それにもう、時間がない。こうしている今も

わかるの...わたしが、徐々ににわたしでなくなっていくのか」

チガ、ホシイ。カワイタ...・ウエタ...チガ、ホンイ...

風花の中で、二つの意識が人り乱れている。油断すると、吸血鬼の本能に引きずられる

じょじょ

はは...

藍堂先輩になら、わたし、殺されてもいいです...

風花はにっこり微笑んだ。

支援が言っていた言葉を思うい出すーーー孤独に死ぬこのを待つ」という言葉を。

「レベル・Eに堕ちれば、自我を失くして〈獣〉になる......やがて隔離され、堕ちて...

わたしはきっと絶望の中で死んでいくんです...わたし、そんな最期は嫌です」

藍堂は驚いたように風花を見つめた。

この子はこんな子だったろうか。枢への想いだけで、塀を乗り越えるようなことをやって

狩る者と狩られる者

ー。

てのける無謀で無鉄砲な子。

遊びにいらっしゃいーーという言葉をそのまま真に受けて、明るくはしゃいで、楽しそう

うに、小鳥か何かのようにおじゃべりしていた。藍堂にしてみれば愚かでしかなかった。

風花という女の子は。

そうか。こいつは...それだけ、純粋で一途なんだ...

そう思った瞬間、納得がいった。

「レベル・Eに堕ちたら...貴族の誰かに狩られるんですよね?」

あ、ああ、そうなるな...

ならばー

「わたしに選ばせて下さい。誰に狩られるか」

決意は風花の中で揺らぐこことなく、澄んだ瞳が、藍堂をまっすぐに捕らえる。

い吸血鬼なんてごめんです

藍堂の前で泣くのが嫌で、風花は精、杯明るく振る舞う。

でもいい

わたしは、最期の最期まで味方でいてくれた、藍章先輩の手で死にたいんです。知らない

愛氷の罪

ぜんれい

藍堂の記憶に、いつまで残っていられるかはわからないけれど。

最後は笑顔でいたいな...どうせなら、笑顔を覚えていてもらいたいもの

「何でだよ、僕たちは...僕は、お前を利用していたんだぞ!?」

風花は続きを言おうとする藍堂の口に、人差し指を軽く押しつける。

何も、言わないで。

今、わたしはとても幸せなんです

だから、何も言わないで。

恨んでなんか、いません」

風花は微笑む。その笑みはとても純粋な笑みだった。透き通ってしまいそうに儚くて、

痛ましかった。

そして、強烈なまでに風花は拒否していた。レベル・Eに成り下がることをーー血を求め

める獣になり果てることを、「全身全霊をかけて拒否していた。

だとしたら、風花を救う道は、

「わかった....」

藍堂は、決断を下す。

「いいんだな」

くそ~

...

藍堂の特殊能力は『

静寂に満ちた夜の庭園に、冷気が満ちる。

風花の左胸に手をかざし、藍堂はその手に水の刃を出現させた。

風花は、そっと目を閉じて微笑んだ。

その微笑みは清らかで。

せめて、無駄に苦しませたくはない。

片手で風花の身体を抱きとめ、藍堂はささやくように確かめる。

藍堂は意志を決め、水の刃を一気に風花の胸に突き立てた。

...うっ

風花の表情が苦悶に歪む。

冷気が、風花の身体に広がっていくー風花の中の荒ぶる獣を鎮め、すべてを凍りつか

せていくーー風花にとってそれは、最後の救い。

「監堂先輩....最後にひとつだけ、聞いてもいいですか...っ!?

なんだ?

「わたしがもし...:先輩のこと好きだって言ったら...どう思いますか」

ありがとう、藍童先輩...

無垢そのものの笑顔で、

藍堂の顔に困惑の色が浮かんだ。

「あは......先輩は・...正直ですね...

ごめん.....

藍堂はぎゅっと眉根を寄せる。

「いいんです.....わたし、先輩のこと...。好きだったんだと思います...だから...先輩、

の腕の中で死ねて......幸せです、よ...

風花は笑っていた。安らかな気持ちで。

最後の力を振り絞り、風花は藍堂の頬に、凍えた指先を必死に伸ばす。

あったかい........水の、吸血鬼なの、に...

小きな小さな命の火が、まもなく消える。消えようとしている。

風花の瞳に、藍堂の表情が映る。その表情はとても悲しみに満ちていた。

「ふう.....か」

藍堂に初めて名前を呼ばれ、風花はうれしそうに、本当にうれしそうに微笑んだ。

愛氷の罪

さらざら、さらさら。

藍堂は、足元に広がる砂をすくう。

すくった砂は、さらさらと指からこぼれ落ちていく。

ぽつりと紡ぎ出される、弔いの言葉

二元人間の吸血鬼...僕はお前を、救ってやれると...:思っていたよ

自分の力不足に、打ちひしがれる。

ただでさえ人間の命は吸血鬼のそれに比べたら、一瞬のようなもの。なのに、風花の命

藍堂はその場に膝をついたまま、自分の腕を見る

抱きとめていたはずの風花の身体が砂と化し、風花の笑顔もーー水遠に、消えて、

底冷えのするような冷冷のすゐよう女冷冷みの底えのまるまで宿えのずるよぅな宿☆ぇのすみよう、直冷冷えへのすろよろな。ださだけが、残された。

...ーー僕は....

最後に、風花の口が小すかに動いた。しかし、その言葉は声にならなくて。

藍堂の頬に触れていた手が、静かに、力なく落ちーー瞳をゆつくりと閉じ、眠るように

風花は逝った。

その顔はおだやかで、とても幸せそうだった。

風花の最後の望みは叶ったのだ。

のともしびはあまりりにも儚すぎた

ヴァンパイア

ワアンパイ

うんー!

それでも、その想いは残されて。

胸に杭を打たれたような痛みを、感じさせる。

しばらくの間ーー微動だにしなかった藍堂は立ち上がり、宙を仰いだ。知らぬ間に、涙

が頬を伝うのにも気づかないまま。

吸血鬼の瞳で、雲に覆われた空を見上げる。

その横顔は、死者への鎮魂の祈りのようでもあり、

ひたすら純粋な悲しみのようでもあり...。

一元人間の吸血鬼になんて、僕はもう二度と関わらない...僕たちとは、違うんだ。

わかっていたんだ。それなのに...

血液錠剤の研究に力を入れた。今回の件もただの症例として、今後の研究に反映される

だろう。風花の粛清は、貴族の吸血鬼として当然の義務を果たしただけだというのに。

どうしてこんなにも、胸にはかりと穴が空いたような、空洞を風が吹きぬけるような、

奇妙な気持ちになるのだろう。

やがて曇り空から、ポツリポソリと雨が落ち始めた。

小さな雨は、やがて大粒になり藍室の身体を濡らす。

かか

...

きりゅう

この悲しい事件のあと、黒主学園は守護係を設置し、月この寮への立ち入りを厳しく規制

することになる!

黒主優姫。

錐生零

彼らの物語が始まるのは、もう少し先のことだ。

藍堂は濡れるのも構わず、立ち尽くし続ける

この雨で、容赦なく砂を洗い流すといい。

風花の悲しみごと、洗い流。してしまえばいい。風花に、こんな雨は似合わないから。風

花に似合うのは陽だまりのよう女明るい微笑みで、それは夜に生きる吸血鬼とはしょせん

相容れないものだから。

――さよなら、風花

きつく握り締めていた拳を、開く。

手のひらに残っていた最後の砂の感触も、やがては雨で流されーー消えた。

絶え間なく降り続ける冷たい雨は、まるで藍章の代わりに空が泣いているようで。

降ればいい...

、月の寮への立ち入りを厳しく規制

刹那の李

......?

ハーン!

パァーン!

一匹の野鬼が、ひくひくと可愛らしく鼻先をうごめかせている。山間の豊かな森の中で

兎はまだ狩人の存在に気づいていない。

気配を押し殺した零は、野鬼に向かってびたりと銃口を向けてーほんの一瞬、躊躇した。

銃を撃てば、この野兎は死ぬだろう。赤い血を送らせて、あっという間に命を散らすだ

ろう。そして兎は人間の糧となるのだから、これは必要なことなのだけれど。

決して、意味のない死ではないのだけれど。

ため息とも舌打ちともつかない。吐息とともに、零は銃を撃った。

躊躇いがあった分だけ狙いがずれて、驚いた兎は繁みに紛れて逃げていってしまった。

これで今日は、夕食抜きだな...

あきらめ半分、安堵半分でため息をつくと、次の瞬間

刹那の季

スッ

え.....

零の心の中を見透かしたかのように、海斗はクッと笑う。

「がわいそうーーね」

海斗の表情は、零を嘲るようで冷たい。十五歳の海斗は、十一歳の零より当然のことな

がら背も高く、顔つきもおとなっばかった。そして、考え方も、

「そんな感情、持つだけ無駄だ。特に吸血鬼ハンターにはな」

海斗はそう言い捨てて、野兎の死骸を放り投げた。

とっさに受け止めた零の腕の中で、

あざけ

零。お前、外しただろっ。あれ、わざとか?

「海斗...

海斗の手には、先ほどまで生きていた野兎がだらりと下げられていた。零は思わず息を

飲んだ。兎は、心臓を一発で撃ち抜かれている。きっと、最期の一瞬すらわからず、痛み

を感じる暇もなかっただろう。

「...すごいな、海斗。一発で仕留めるなんて

銃声が鳴り響き、一人の少年が繁みの中から飛び出してきた。零より少し年上の彼は

数日前から零と一緒に修行をしている。

ファン

零は挨拶をしたが、海斗は黙ったままだ。

と..

ふうぼう

ほど。

多くに人の訪れない山奥は静かで、街中とは別世界のようだ。

湖のほとりにあるログハウスで寝起きし、零は吸血鬼ハンターである夜刈十牙のもとで

修行をしている。零の家は代々吸血鬼ハンターで、実際に両親は今も一仕事」のために飛ぶ

び回っている。

零と海斗がログハウスに戻ると、玄関前では、夜刈が武器の手入れをしていた。大きな

体験と伸び放題の黒髪が自立つ風貌で、顔つきは険しく、荒々しい印象だ。

吸血鬼ハンターの武器は特殊交術式を施した物が多く、夜刈りは常に手入れを欠かさない。

不真面目そうに見えて条外真面目で、零はこの師匠のことが、いまいちよく掴めないでい

る。時々は零の双児の弟、壱縷の面倒もまとめて見てくれるので、家族ぐるみの付き合い、

だ。師匠というよりは、年の離れた兄に近い感覚なのかもしれない。

ただいま戻りました。

目を閉じた野兎は、まだ温かかった

138

通りだ。

「おう。どうだった、狩りは」

夜刈はくわえ煙草のまま、ちらりと零の手元を見る。

「二人で一匹か」

「食べる分だけあればいいでしょう?」

そっけなく返したのは海斗で。

確かにな」

夜刈が、わずかに苦笑した。

海斗の師匠は先日、仕事の最中に怪我を負った。それで、弟子である海斗は師匠が療養

している間、夜刈のもとに預けられることになったのだ。海斗の師匠は夜刈の先輩なのだ

という。夜如は人付き合いが悪そうに見えて、意外と交友関係が広い。

海斗はもともと人嫌いなのか、未だ零にも夜刈にも、一線を引いたような態度を崩さな

い。もっともそんな海斗のことを気にしているのは零だけのようで、夜刈は至っていつも

刹那の季

お前、俺の腕、知ってるよな?

零、俺の分もやっとけよ

「でも、海斗」

食い下がろうとする零に、面倒くさそうに空を仰いだ海斗は片手でひょいと鉈を持ち

「...これは必要なトレーニングだろ。腕の筋肉と背筋を鍛ええることになるから、体力の

向上の役に――

「馬鹿馬鹿しい。こんなのが?お前、そんな言い訳、本気で信じてんの?、夜刈さんが

手間を省いて俺らにやらせてるだけだろ?」

「でも、修行だから」

「面倒くせー」

海斗は幾つも割らないうちに、ぽいと錠を放り出してしまった。

翌朝、日課となっている薪割りに、零は真面目に取り組んでいた。

両腕で鉈を持ち、狙いを定めて振り下ろす。

鍛えているとはいえ、まだ子供の域を抜けない身体に鉈は大きくて重いし、薪の数も少

なくはないから重労働だ。勢いよく鉈を下ろさないとうまく割れないし、力を加減しない

と腕を痛めて」しまうこともある。

んいき

オッ

あっという間に振り上げーー薪を真っ二つに割った。

「わかる?両腕でやってるお前より、片手の俺の方が上手いの。だから、トレーニング

が必要なのは、俺じゃなくてお前なんだよ」

からん、と乾いた音を立てて薪が転がる。

「ったく、師匠も師匠だ。仕事でミドジなんか踏むから、俺までことばっちり食ってこんなと

ころに預けられて...。い、い迷惑だぜ。仮にもプロなんだから、そんな醜態晒すなっての

別に俺、夜刈さんに預けられなくても一人で大丈夫だってのに」

「海斗ー言い過ぎだと思う。海斗の師匠、怪我だけで済んで良かったじゃないか。命に

別状ないんだろ?」

思わず反論した零は、ぎくりと身体を強張らせた。

海斗のまとう雰囲気が、氷のように冷たく鋭く変化しているのを感じ取ったのだ。

ーー実戦を知らないお前に何がわかる」

え.....

海斗に見据えられ、零は動けなくなってしまった。

「お前、『錐生』の家の息子だろ?甘ったれで、おやさしくて。鬼一匹殺せないくせに。

よくそんなのんきにしていられるよな。本当にわかっているのか?吸血鬼ハンターって

ゆうたいさら

刹那の季

っぱ

いう存在が何を背負うのか。何を背負わなくてはいけないこのか。そんな何もわかっていな

いような顔して、お前、本当に覚悟できてんのか?」

「覚悟.....?」

家の家、錐生家は確かに代々吸血鬼ハンターの家柄で、だから零もこの道を目指したの

だ。身体の弱い壱縷の分も、自分自身がハンターとして一流になるのだと心に決めて。

けれど、覚悟と言われると

正直言うとーよくわからない。

この道を志した理由は、単に両親の跡を継ぎたいから。そのれだけだ。両親の期待に応えて

壱縷を助け、二人で立派なハンターになるために、こうして修行しているのだ。

吸血鬼ハンターは、処刑リストに載ったヴァンパイアを殺すのが仕事。ヴァンバイア殺

しは罪にはならない。それはわかっている。

けれど。

零はまだ、【ヴァンパイア狩り』の現場に遭遇したことはない。

「おい零、お客サンだぞ。喜べ」

ひょい、と顔を出した夜刃が、珍しく、漆黒の瞳の奥をやわらかく笑ませている。

「え?誰.....?」

ウアンパ

「零!」

駆け寄ってくるなり零に抱きつついてきたのは、さらさらの髪をと整った面差しの、まるで

家の姿を鏡に映したような姿の少年―双児の弟、壱縷だった。

「え?壱縷?」

「久し振り、零」

元気でやってんのか」

「父さんと母さんも...!?

ただただ驚いている零に、壱継が満面の笑みを浮かべる。後ろには両親の姿も見える。

「そうだよ!俺の熱が下がったから、連れてきてもらったんだ!」

「え、壱縷、大丈夫なのか。身体のためにも、もっと過ごしじゃすいところにいた方がいい

んじゃ...

「そう思ったんだけどね。壱縷が、零に会いたいってきかなくてさ」

「だって俺だっって、熱さえ出なきゃ、ここで修行してたはずなんだ。ね、師匠?

無邪気な壱縷の笑顔に、夜刈が軽く肩をすくめる。

「ま、そらそーだけどな」

「俺も今日からここで修行するよ。ね、いいでしょ?俺、大人になったら零と一緒にハ

144

利那の手

「零、壱縷」

シターになるんだから!」

急ににぎやかになったログハウスの正面玄関先で、海斗は居心地が悪そうにぽつんと立て

ち尽くしていた。

零と壱縷の父親が、海斗の頭の上に、労るように手を伸ばす。吸血鬼ハンターの手は乾

いていて大きく、言葉よりも雄弁だ。

一話は聞いた。君の師匠:::一命は取り留めたようで、何よりだ

海斗は無言のまま、浅く頭を下げて応えた。

ログハウスのリビングに、夜刈の入れた珈琲の香りがふんわりと漂う。

近くの畑で新鮮な野菜を分けてもらったから、と母親がキッチンに向かい、珈琲とは違

ういい匂いが混じり始める。作っているのは多分、具だくさんの野菜スープだろう。母親

の得意料理だ。

世の中の母親っていうものは、大抵野菜を食べさせたがるまな、と夜刈がぽやき、同感

の一同はどっと笑う。

師匠も入ってよ

ヴァ、

「海斗。海斗も

一人で意識的に輪から外れている海斗を零が呼ぶと、渋々といった様子で立ち上がって

並んだ。普段なら「嫌だ」の一言で断られそうなものだが、どうやら、零の家族に気を遣う

ってくれたらしい。

カシャ。シャッターが下りて、双児を真ん中に、夜刈と海斗この四人がカメラに収まる。

お待たせ。できたてきた、野菜たっぷりのスープ。特に育ち盛りの三人は、たくさん食

なあ

ふいに呼ばれて顔を上げると、父親が、持参したカメラで零と壱縷とを写していた。

こうしてことあるごとに写真を撮るのは、吸血鬼ハンタ1の習性のようなものだ。

吸血鬼ハンターは、常に死と隣り合わせの仕事だから。いつこの世界からふっと消えてし

まうかわからない不安定な生き方をしているからこそ、今、「自分達がここにいる証を写真

という形で残しておき、たいのかもしれない。

並んで座っている零たちとは少し離れたところで、海斗がソファに脚を投げ出し、そっ

くりな双児を不思議そうに眺めていた。

「今度は暖炉の前なんてどうだ」

促された零が壱縷と並ぶと、壱継が無邪気に夜如を呼んだ。

刹那の季

あっ

そして、食事の後、

零と海斗の修行に、壱縷もついてきた。どうしても修行をしたいらしい。だがそれは

ただでさえ気の短い海斗を苛つけかせるだけの結果でしかなかった。壱縷は走るとすぐ息が

苦しくなるからゆっくりと歩かなくてはいけないし、時々休憩もさせなくてはいけない。

はっきり言って、海斗にとってはまだるっこし過ぎて、時間の無駄だとしか思えなかっ

た。いつものペースを崩され、余計な疲労が溜まっているのも確かだ。

「おい、零」

海斗が、くい、と顎をしゃくって指し示した先には、

夜刈から獲って来いと命じられた鳥がいた

ああ、と零はかすかに海斗に目線で答える。

「壱縷、ほら、あそこに鳥がいる。警戒もしていないから、気配さえ殺していれば当たる。

銃の反動に気をつけるよ」

べるのよ」

母親の楽しそうな声が聞こえ一海斗は次の瞬間、すい、と零の隣から離れていった。

障ってしまったのかもしれない。

のようにも思えるのだけれど。

ところが突然、壱縷が身体を折り、呟き込み始めてしまった。この森の空気の冷たさが

わかった」

壱縷が声を潜め、慎重に狙いを定める。

木の枝にとまっている、至近距離にいる鳥。これだけ狙いやすい獲物は、そうはいない

だからこそ、海斗もわざわざ壱継に譲ってくれたのだろう。

「.....ごほっ」

を張っているのか...?

海斗は内心首を捻る。

反対なら理解はできるのだ。

明らかに劣っている壱縷が、常に零に対して気を張るというのなら、それは自然なこと

零は、壱縷に対しては本当にご気を配り、その様子は、海斗が見ていても少し奇異に感じ

られるほどだった。過保護というのだろうか。小さな鳥が、必死になって同じ大きさの小

鳥を庇っているような、そんな奇妙さが感じられる。

「こいつら、双児にしては、体力に差がありすぎだよな。それに、零のほうが...気を

刹那の季

「壱縷、大丈夫か?

あわてた家が、背中を擦ってやえ。当然のことながら、物音に気づいた鳥は、とっくに

どこかへ上飛び立ってしまっていた。

「いい加減にしてくれよ...」

はあ、とため息をついた海斗が、腹立たしそうに髪を掻く。

「お前...壱縷だっけ、身体が弱いなら安全なところで寝てえ。お前がいない方が、よっ

ぽど手っ取り早い」

「俺は平気だよ!」

負けん気の強い言練が言い返すと、海斗はますますムッとした顔になった。壱継の顎を

指先で掴み、顔を近づけて低い声を響かせる。

「平気だって言うんなら、邪魔すんな。お前みたいな足手まといにお遊び気分で邪魔され

ちゃあ、こっちが迷惑なんだよ。こっちは真剣なんだ。子供のお守りじゃないんだよ」

「......っ...

壱継の顔に、みるみるうちに傷ついた表情が広がっていく。

身体の弱い壱縷は、今までごこうもあからさまに邪険にされたことはなかった。かわいそ

うだから、という理由で両親は壱縷を甘やかし気味だし、夜刈も壱縷の体調を考慮して、

零.....

ーい

零と一緒にいるのは好きだけど、零と較べられるのは嫌いだ。

どうして皆して、零と壱練をわざわざ較べたがるのだろう。

同じ細胞を分け合ったた双児でも、お互いにまでったくの別人なのに。

零と自分とを一緒のものみたいに扱って、その中でも零を「優れたもの」、自分を「あ

うたもの」みたいに扱う連中が、壱継は幼いころから大嫌いだ。

「そんな言い方するな!!壱継を傷つけるのは許さない!!」

激しい訓練は今までさせないでいる

壱縷は唇を噛み締め、海斗を必死の様子で睨み返した。怖気つきつつも必死に泣くまい

と堪えている様子が手に取るようにわかって、零は思わず海斗を突き飛ばしていた。

何すんだ!」

「壱縷を責めるな!」

一何でお前がキレるんだよ。事実だろうが。これなら、そうちの弟より、お前の方がまだ

マシだ

言い争いをしている二人に見てえない位置で、屈んでいた壱継がびくっと肩を震わせた。

海斗、嫌いだ

刹那の季

......う、ん

すー

仕方ねぇな、というように海斗が、壱縷や零の分の荷物をひったくる。

「海斗?

「支えてやれよ。転ばれたりしたら面倒だ」

ここ数日、一緒に過ごしてきた零には、海斗のこの言葉が、海斗なりの気遣いなのだと

ちゃんと伝わっていた。

けれど、海斗の表現はちょっと難しすぎて。

そして、いつでもどんなときでも自分を守ってくれる零のことが大好きでーけれど同

時に、壱縷は羨ましくてたまらない。身体が丈夫で、吸血鬼ハンターとしても素質もあっ

て優れている零が。

もし、生まれ出る順番が逆だったら、この立場も逆転していただろうか。

「こほ.....っ、ごほっ」

「壱縷!?」

先ほどより激しく咳き込み始めた壱縷に気づいて、零があわてて壱縷に駆け寄る。顔が

赤い。こつんと額をくっつけると、壱継の額は零よりずっと熱かった。

「熱出てる、壱縷。もう戻ろう

きない。

俺も強くなりたいのに

「それじゃあ、零をよろしくお願いします。零、しっかりね」

頬を熱で火照らせた花縷を抱き寄せ、両親が夜刈に深々と頭を下げる。

嫌だよ俺、ずっとここにいたいよ。...零と、一緒に

自分に対する悔しさ、歯がゆさがーー壱縷の胸に小さな影を落とす。

今はまだ、その序曲に過ぎないのだけれど。

ろう。零と一緒に修行をしたいこのに。零と一緒に、将来は吸血鬼ハンターになりたいのに。

零は常に先を歩いていて、壱継はそれを、ベッドに縫いとめられたまま見送ることしかで

壱縷は、悲しそうに、悔しそうにうつむいたままだった。

「...何で俺は、零みたいに丈夫じゃないんだろう」

もっと大きくなれば、壱縷も丈夫になるよ

大好きな零の慰めも、今の壱縷には白々しく聞こえた。

同じ血を引く零は健康なのに、どうして自分だけが弱く、苦しまなくてはならないのだ

刹那の季

んでおいたから」

また引っ越し?

うん、そう。転校の手続きはもう済んでいるからね

吸血鬼ハンターは、ターゲットである吸血鬼を追って、各地を点々とする生活だ。一つ

この場所に長く留まることはない。

「また転校か......」

ぃつもいつも転校は突然で、挨拶をすることもできないまま友達と別れることになって

しまう。手紙や電話で居場所を知らせようにも、すぐにまだ引っ越してしまうから、教えて

るのが面倒になる。なので、せっかく仲良くなれそうなクラスメイトがいても、ぶつりと

ヴアンパイア

「壱縷...ちゃんと療養しないと。ここは気温が低いから、身体に障る。元気になったら、

また来ればいい。な」

零がやさしく言い、渋々といった様子で壱縷がかすかに頷く。

真っ赤な頬が、見ていて痛々しい。

玄関先まで見送りに出た零に、母親がふいに振り向いた。

「そうそう、零。夏休みが終わっする前に、家に戻ってくるでしょ?一週間くらい前から、

もう新しい家に移っているの。だから帰ってくるときは、夜刈さんに送ってもらって。頼

「そうだな。壱縷」

くもり。

零は思わず微笑んだ。

交流が途絶えてしまうのだ。

めていた。

少しだけーーほんの少したけ寂しそうな、哀しそぅな、何かを羨むような

そんな、せつない目をして。

そんな双児を、ボケットに両手を突っ込んだまま見送りに出ていた海斗が、横目で見つつ

だから零には、幼などしみも親友もいない

それが、吸血鬼ハンターの宿命。

生まれた時からこの生活ー納得していることなのだけれど、

「いつでも、俺が一緒だから......ね?零」

零よりほんの少し小さな子が、きゅっと力を込めて握り締めてくる。少し熱い、そのぬ

154

刹那の季

刹那の季

夜刈ではない。

風のない夜の湖はまるで大きな鏡のようで、白く丸い月がぽかりと浮かんでいる。

山の夜は冷え込む。

零はパジャマの上に上着を羽織り、ベッドから滑り降りた。

あの影は、夜刈より細く、わずかに儚い

海斗?まだ眠っていなかったのか...

っ。何の音だ...っ!?

水音が聞こえたような気がして、自分用の部屋で眠っていた零は目を覚ました。

ベッドサイドに置いてある時計は、とっくに日付が変わっていた。

素早く身を起こし、零は感覚を研ぎ澄ませる。ついさっきまで眠っていたとは思えない

ほどに身体が緊張し、感覚が冴え渡っていく。

違うな。ヴァンパイアが、この近くにいる気配は、ない。

ほっと息をつくと、また水音が聞こえた。

窓から湖を見てみると、ほとりに黒い影がある。

何してるんだ、零」

がー

...

別に」

あっさりとばれてしまった。零はざくざくと砂利を踏み、海斗のすぐ傍まで歩いていく。

山の夜は奇妙に明るくて、海斗の姿もくっきりと浮かび上がっていた。

「海斗。眠れないのか?」

その質問には、海斗は答えなかった。

ただ黙って石を投げる。

上手いな」

海斗の投げた石は、黒い水面の上に波紋を描きながら、リズミカルに跳ねていく。

今のはちょっと手元が狂ったんだ。本気出せば、もっと行くさ」

満更でもなさそうな海斗は、短く口笛を鳴らす。

見てろよ」

その月影を横切るように、小右が低く跳ねて飛んでいく。

あの音、海斗が石投げしている音だったのか

零は足音を忍ばせて海斗に近づく。

刹那の季

だからな」

ひゅん。

「病弱な弟がカワインウってか」

「違う!」

「いいか。やさしさなんか、吸血鬼ハンターには必要ない。必要なのは強さだけだ」

海斗の言葉に鋭く斬りこまれて、零は言葉を失ってしまう。

確かに、壱縷の身体の弱さでは本格的なハンターとしての修行なんてまず無理だろう。

はキャッチしながら、海斗がぼそりとつぶやいた。

お前、兄弟と仲がいいんだな」

壱縷のこと?、双児だがら。ずっと一緒だったし

あいつ、お前より使えない」

「...言縷は、生まれつき身体が弱いんだ」

「だったら、くちばしを突っ込むような真似はさせるな。今日みたいなのは二度とごめん

空気を切って飛んだ石はそのまま、水面をぽんぽんとおもししろいように跳ねていった。

俺もやってみようかな、と石を探し始めた客に向かって、手の中の石を高く放り投げて

入りくて

それは、零も両親も暗黙のうちに承知している。壱縷はあきらめてはいないようだが、結

論として、壱縷は吸血鬼ハンターにはなれない。体力的に不可能だ。

でも、と零は思う。

海斗の言う強さって、何だろう。

「自分自身も守りきれないようなヤツ、ハンターになれたとしても、吸血鬼のいい餌にな

って終わりだぞ。まあ、あんな脆弱な血、吸血鬼のほうで顔い下げかもしれないけどな」

「...言いすぎだ。海中には兄弟がいないからそんなことが...!」

静かに激昂した零が、海斗その襟首に掴みかかる。その手をやすやすと押さえて、海斗が

ぎらりと瞳を光らせた。

ーーー兄貴ならいたさ。俺にも

「え?」

零の腕から力が抜ける。

「あいつも弱かった。だから、帰ってこなかった。あいつは負け大だ。だから俺は、そう

はならない」

「兄弟、いたのか...!?」

海斗の表情はどこまでも平彼で、それはいつもの無表情というよりは、何かを無理矢理

刹那の季

さ」

振り返った海斗は妙に大人びた笑みを頬に刻んだ。

「世の中の家庭が、全部、お前のところみたいにうまくいっているわけじゃないってこと

かか

押さえ込んでいるように見えた。客の脳裏に、何かがはっと閃く。

「海斗...海斗の兄貴って」

「ああ」

ぱっと手を離し、海斗が零に背を向ける。

吸血鬼ハンターだったよ」

帰ってこないということは、つまり、

零もハンターの両親を持っているから、その意味はわかっている。

ハンターの仕事は、常に命懸けなのだ。

海斗の師匠みたいに怪我を負うこともあるし、殺されることもある。

...さみしいね」

そうつぶやくと、海斗が一別に」とさらりと否定した。

「...よくある話だ。兄弟っていったって、たまたま同じ血が流れている関係ってだけで、

向こうは俺を無視したし、俺も向こうとは関わりを持たなかうた。両親も似たようなもん

そのあとを追いかけるようにに海斗の投げた石が続き、夜の湖の上に波紋を描く。

いくつも、いくづも。

一人はしばらくの間、無冒頭で右投げを続けていた。

あいつと

さ。同じ家にいても全員がバカラバラで、顔も見たくないっていう状態もあるんだ。あんな

家、飛び出してせいせいした」

「海斗...

何と言っていいかわからなくなってしまった零が目を伏せる。と、海斗が不機嫌そうに眉

間に皺を寄せて零の頭を遠慮なく叩いた。

「痛っ」

「お前が暗くなるなよ、辛気くせぇ。別に俺は、お前に、『かわいそう』だなんて思って

もらいたくないんだからな。家族といるより、師匠のとこころにいるほうがずっとマシだ」

白い月明かりの下で見る、海斗の横顔は透き通るようにはかなげだった。

肌が白く雪か何かのように浮かび上がり、黒い双眸は湖の水面と同じ色に輝いて、少し

だけ濡れたように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。

知らんぶりをするためにも、零は持っていた小石を思いつきり湖水に向かって投げる。

弟子ども

刹那の季

二人とも黙り込み、お互いの顔を見もせず。

けれどーどこかやさしい時間が流れていた。

弟子たちが湖のほとりにいる様子を、火をつけていない煙草を口の端に張りつかせたま

ま、夜刈はログハウスの窓辺から、ずっと眺めていた。

ーやっぱり、お子様にはお子様かねぇ」

暗闇の中で、野性の獣のように光る夜刈の双眸の先では、

海斗が、夜刈の前では決して見せないような無防備な横顔を見せている。

夜刈は窓枠から離れ、大きくく伸びをして身体を伸ばす。

「それじゃ、そろそろ次の段階に進むとしますかね。修行の成果をきっちり見せろよ?

「いいかお前ら、絶対に気を抜けくんじゃねぇぞ。こいつはいつもの『修行』じゃなくて、

た。

アンパイア

ヴァンパイア

急に夜刈に、狩りの命令が下ったのだ。この森に、処刑リストに上がった吸血鬼が潜ん

でいるのだという。

処刑リストに上がる吸血鬼は、レベル・おに堕ちた既面鬼だ。LEVEL-END-

通称レベル...E。吸血鬼の階級ビラミッドの最下級に位置すえ、元人間であったモノー

それがレベル・Eだ。彼らは理性を蝕まれ、際限なく血に飢え、手当たり次第に人を襲う。

人間界に迷い込んだ彼らレベル・Eを見つけ出し、狩るのが吸血鬼ハンターの仕事だ。

吸血鬼を見かけたことはある。でも、狩りは初めてだ。修行はしているけれども、実際

ヴアンパイア

の「仕事」は、初めてだ。レベル・Eの吸血鬼も、見たことはない。

手当たり次第に人を襲っては血を啜り取る、化け物。

人から吸血鬼へ、そして吸血塊から化け物へと変化したモノ。

かすかに緊張している零を振り返り、海斗がふっと笑った。

「怖いのか」

.....違う

むしば

さいげ!

「仕事」なんだからな」

壱縷たちが帰ってから数日後一零と海斗は、夜刈に連れられて近くの森へと入ってい

ヴアンパイア

素晴服の

一雨、降りそうだな」

怖くないと言えば嘘になる。

だけど、怖いと言ってしまったら負けだと思った。

「違う」

零は、両手で握っていた銃を、「しっかりと握り直した。

対ヴァンパイア用の術式を施した実弾を込めた銃は、いつもより重かった。

「くそ、天気が荒れてきそうだな。お前ら、ちょっとこここで待ってろ。ちょこまか動くん

じゃねぇぞ」

いまいま

鬱蒼と繁る森の空を見上げた夜刈が、忌々しそうに舌打ちする。

ざぁっという風の音に紛れて、夜刈の姿はあっという間、に消えてしまった。相変わらず、

素早い身のこなしだ。あの大柄な身体に似合わない、しなやかで無駄のない動き。零は内

そして少年たちは、その場に取り残される。

心、感心する。あんな風に、自分もなりたいと思う。

ただでさえ森の中は薄暗いものだが、まだ昼間だというのにいつもより暗くて不気味だ。

「犬か」

「いきなり何するんだよ!」もし人間だったらどうするんだ」

「気配でわかる。人か動物かくらいの区別は、ついて当たり前だ」

自信たっぷりな様子の海斗だが、顔のすぐ横を弾丸が通ってていった驚きも手伝って、零

の我慢も限界に近ついてきていた。

のらい

繁みから飛び出してきた野良犬が、キャンキャシと鳴きながら走り去っていく。

さあな」

ひそりと小さな声でささやきかけると、海斗はイライラとした様子で辺りを見回す。

油断するなよ。どこに吸血鬼聞かいるかわからないからね」

「ああ」

「それにしても、お前の師匠、どこに行ったんだ?まさか、仕事が面倒で俺らに押しつつ

けたんじゃないだろうな」

「海斗、お前ーー」

海斗の口が悪いのはいつものことだが、夜刈の悪口は我慢できない。

思わず言い返そうとした零の背後に向かって、海斗がいきなり銃を撃った。

「うわ!

刹那の季

すじ

くびす!

ーっ!

ふいに背筋にぞわりと悪寒が走り、零は目を瞑った。

.....海斗!

「後ろだ、零!」

しゃっと鋭い爪先が、背後から零の首筋をかすめていった。〈鋭い刃で切りつけられ、赤

い雫が肌をつたう。

おか~

ヴアンパイ

みはやっ

ウアンバイ

たんれん

「もし間違えたらどうなるか」

「もし?それで相手がレベル...Bだったら、そうやって躊躇している間に、逆にこっち

が殺られるってわけだ。ハンタ1は無駄死に、レベル・Eは逃げ延びて人間を殺しまくる。

最低の筋書きだな」

....!

「いいか、殺せば仕事が完了。殺されたら、お前の人生そのものが終了だ。どっちが正しく

いか、わかるだろ?」

零は返事に詰まる。

確かに、殺されたら終わりだ。吸血鬼の運動能力はすさまじく、人間の能力を軽く超越

している。だからこそ吸血鬼ハンターは鍛錬を積む。

せてにやりと笑った。

人とたいして変わらない姿。恐らくく、まだ二十代の青年だろう。

痩せこけて青白い肌。ざんぱらに伸びた髪を振り乱し、口元から牙を覗かせーー長い瞳

で嘲笑っている。

「子供の血って、いい匂いなんだよ?こぼしてしまうなんて、もったいないなぁ...

底なしの泉のような双眸をひたりと当てられ、零は眉根を寄せた。

なんだろう、この『人間』は。

全身を、喩えようもない悪寒が走り。

零は、呆然と目を瞑る。

何だーこの『生き物』は。

ぽけっとしてんな。やるぞ!!

「っ!

反射的に飛び退いた零を庇う。ような位置に、海斗が走りこむ。

「子供の血だ......甘いなぁ。もっと、欲しいなぁ」

刃物のように伸びた爪先をちありと誉めつつ、対峙したレベル・Eの吸血鬼が牙を光ら

全身の肌が粟立つ。

不気味さに、息が詰まる

冷や汗が流れて、身体が凍りつく。

得体の知れない感覚に包まれてーー心臓が辣み上がる。

身動きひとつできなくなっ友零のやわらかな首筋を、伸びてきた吸血鬼の爪がゆっくり

パーン!

海斗が銃を放つが、繋った先に吸血鬼はいなかった。

素早い跳躍で、弾を避けたのだ。掠りもしなかった銃弾では、さすがに痛みを与えること

とはできない。

「へーえ...子供だとばっかり思っていたけど...少しは、できるようだねぇ.....

ほざけ!

海斗が次の構えを取る。

だが吸血鬼は、残像が残るような速さで移動し、あっという間に零の背後に立った。

え......

ざわっ。

と掻き切った。

「あ......

ぽたり。

素肌肌の

白い肌からあふれて流れ出る、赤い血、

吸血鬼を酔わせる、鮮烈な赤。特にレベル・Eに堕ちた吸血鬼は、血の誘惑に抗えない。

寂しい。欲しい、欲しぃ。もっと欲しい。たくさん欲しぃ。〈浴びるほどに欲しい。そう

...

すれば、このどうしようもない渇きは癒されるだろうか。甘くて良い香りのする、まだ温

かい生き血に浸されて、溺れてしまいたい。

それが、吸血鬼の欲望ー本能

「零!」

海斗が叫ぶ。

「鬼ごっこはおしまいだよ...怖がらなくていいよ、すぐに終わらせてあげるからね。痛

いのなんて、ほんの一瞬だからさ。安心して。やさしくしてあげるからね」

ぴしゃりと舌なめずりをする音が、零の耳の間近で響く。

零の身体は足元からがくがくと震えていた。ざらりとした舌先が、血を辿って零の首筋

を這い降りていく。

俺、ここで死ぬのかな...

半ば他人事のように、零がそんなことをぽんやりと考えた、そのとき

海斗の必死な声が聞こえた。

「零!生き延びたいなら根性見せろ」に

ドン!

海斗が、撃ったのだ。

ぐっ!

経験の浅さを揶揄されて、銃を持ったままの海斗が歯噛みする

牙を突き立てられたら終わりだ。レベル・Eに吸血されたからといって、吸血鬼化する

わけではない。けれどもレベル...Eは、本能のままに血をむさっぱり、対象を失血死させる

ケースが多いことでも知られている。

そしてーこの吸血鬼が、零を助ける気など更々ないこととを、零は誰よりも敏感に感じ

取っていた。

一撃ってもいいんだよ...?その代わり、この子の首はそのの瞬間に掻き切られていると、

思うけど...ははっ、哀れなもんだね。未熟なハンターさんは...

ちくしょうっ...!

刹那の季

ヴアンパイ

ヴァンパイア

油断していたらしい吸血鬼が、その場にうずくまる。

「くそ、外したか...零、大丈夫か!?」

構えを崩さないまま、海斗が大声を張り上げる。

とっさに地面に伏せていた零は、のろのろと顔を上げた。小柄な体つきが幸いして、

吸血鬼の腕の中から抜け出すことができたのだ。

「海、斗......

零はハンターの鉄則通り、ふらつきながらも必死に吸血鬼と距離を取る。

「ーーだからお前は駄目なんだよ。いいから引っ込んでえ。こいつは俺が始末する」

海斗の撃った弾は、吸血鬼の肩を掠っていたらしい。この弾は、たとえ命中はしなくて

も、掠っただけで相当な苦痛を与えるもの。

呻きながら、苦しみながら、吸血鬼は立ち上がる。

う......く...

レベル・Eに堕ちた吸血鬼は、絶命する瞬間まで血を求め、牙を剥き続ける。

よろめきながらも醜い欲望にい瞳をぎらぎらとぎらつつかせるぞの様子は、心底異様な光景

だった。

そして、哀れだった。

海斗が、苦々しげに零を呼んだ。

「来るぞ、零」

「あ......

ドン!

銃弾は、またしても吸血鬼に命中はしなかった。すんでのところで吸血鬼が避けたのだ。

海斗が舌打ちする。

やっぱり、お前みたいなやさしいやつ、ハンターに向いていない」

そう吐き捨て、狙いを定め直す。ぐずぐずしていたら逃げられてしまうし、第一油断し

たらこちらが殺される

「とまどうな、やられる前にやれ」

餓えた猛獣のような吸血鬼と対峙し、零は荒い吐息をもらした。何とか立ち上がったも

このの、手足が震えてで言うことをきかない。

ここで、この吸血鬼を殺すしか、方法はないのだろうか

レベル・Eと共存する方法はないのだろうか

殺さなくても生け捕りにすると、か、身体の自由を奪うとかして。

利那の季

......

「泰斗、兄さん......

...しぶといやつだな」

追い詰められた吸血鬼が、地面に転がっている。だいぶ衰弱してきている今なら、もう

外すことはない。

「...待って.......行ってくれ.....お前、海斗だろう....?」

吸血鬼が必死に顔を上げ、「乱れた髪の合間から漆黒の双眸が海斗を見つめる。

引き金にかけられていた海斗の指先が、ぎくりと強張った。

あんたは...!?」

んぼう

「久しぶりだ...!!久しぶりだな、海斗...

見違えるほどに変貌したその顔の、どこか見覚えのある眼差しの様子、

海斗の名前を、こんな声で呼ぶ人。

思い当たる人物は、一人しかいない。

水遠のようにも感じられた、一瞬の沈黙のあと、

答える海斗の声は、絞り出すように苦しげだった。

の泰斗のように。

泰斗は、弟に向かって手を差し伸べる。

海斗は凍りついたようにその場を動けず...。

助けてくれ、海斗...俺はまだ、、死にたくない...だから」

ざしゅっ。

次の瞬間、果物にナイフを突き立てたときのような音がして、海斗の肩に、泰斗のナイ

ウアンハイ

弱りきった身体でゆらりと立ち上がる。吸収血鬼の体力は凄まじい。

ヴアンパイア

じゅんけつしゅ

「助けてくれ、海斗――俺はまだレベル...Eに堕ちちゃいない。見逃してくれ。頼む」

「兄さん.......

数年ぶりの兄弟の再会は、海斗にとって予想もつかないほどに唐突で、そして残酷なも

のだった。

「海斗...この人が、海斗の...?そんな...!?」

零も、予想外のことに動揺する。

...仕事の最中に行方不明になっていたんだが...この仕事に嫌気が差して逃げたもの

とばかり...。まさか、純血種に呟まれていたとはな...」

純血種に咬まれた人間は吸血鬼へと変化しーーやがて、レベル、Eへと堕ちるのだ。今、

うん

刹那の季

さんざん

ワアンバイア

フのような爪が穿たれた。何度も銃弾の波動を浴びたとは、とても思えない敏捷な動きだ。

「っぐ.....!」

さしもの海斗も、たまらず膝を折ってその場に崩れ落ちる。

「海斗!?海斗、大丈夫か....わっ!」

海斗に駆け寄ろうとした零の身体はあっという間に泰斗に抱きこまれてしまった。生あ

ただかい吐息が首筋を撫でていく感触に、零は思いっきり暴れる

「放せ、放せよ!

懸命にもがくが、吸収血鬼に力で対抗するには、零はまだ幼すぎる。

...お前たちには、散々痛い目に遭わされたからな。最後この一滴まで、血を貰うよ。そ

うすれば、俺の力も回復するだろうよ」

「やめろっ!」

倒れ込んだまま、海斗が瞳をぎらつかせる

奉斗は今、弱っている。そして、吸血鬼の最大の糧は人間の地

このままでは、零は、

「やめろ、兄さん!」

一止められるものなら、止めてみろよ。お前、ハンターなんだろう?」

「なーにちんたらやってんだ」よ、この馬鹿弟子どもが!!

苛立たしげに現れた夜畑が、本斗を容赦なく蹴り飛ばした。零は吸血鬼の腕から投げ飛

ぱされ、地面に叩きつけられて、思わず咳き込む。

まだお前には早すぎたようだな、海斗

夜刈が俊敏な動作で武器を構え、何の躊躇いもなくとどめを刺そうとする。

夜刈の行動に、零は一気に青くなった。

「師匠!その人、海斗の兄さんなんだ!」

「違う!こんなやつ、兄貴なんかじゃない7.こいつはただの「レベル・E」だけに

零の嘆願を振り切るようにして、海斗が叫ぶ。

そうだ。

「これ」は泰斗ではない。以前は確かに兄と呼んだ存在ではあるけれども、今はレベ

ル..Eの吸血鬼だ。

ためら

挑発するかのようにゆっくりと開かれた奉斗の口の端から白いずが現れ、零のやわらか

な首に突き立てられようとした、その瞬間。

刹那の季

いのち~

(ここれ」を狩るのは仕事で、仕事に私情なんか必要ないってのに...俺は、どうして迷

ったりしたんだ.....?

海斗はちらりと、もう動くことこともできないで地面に這いつくぱっている森斗を見下ろす

ああ...少しばかり、懐かしかったからか...

私情に引きずられた自分を、海斗は恥じる。今までさんざん零に、『仕事に感情は必要

ない」と偉そうに言っておきながら、このザマだ。

―夜刈さん」

「んあ?この期に及んで兄貴の命乞いかぁ?」

海斗は即座に首を振り、迷いのない瞳を夜刈に向けた。

違う。それはー俺の獲物がだ。俺に始末させてくれ」

海斗!本気か!?」

零の言葉に、かえって海斗は平静を取り戻す。

一過去に何と呼ばれていよう『が今はレベル...Eで、俺はハシターだ。それだけの関係だ」

肩から血を流しながら、海斗が銃を構える

すべての感情を削ぎ落とした表情で。

ドン!

お疲れサン。仕事完遂だ

どこまでも冷静な夜如の声に、

海斗が、虚ろな眼差としのままつぶやいた。

「...もう、二度と会うこことはないと思っていた」

「行方不明になって、どれくらいだ?」

どんなときでも冷静を保つ夜刈の声に、海斗はふっと疲れたような吐息をもらす。

「いつだったかな。もう忘れた。俺も、家を出ていたからな...

海斗の肩から、血がぽたぽたと流れ落ちる。

い、地面に吸い込まれてゆくのは、赤い雫と透明な雫。

おんすい

それが、吸血鬼の死だ。風が吹いて、砂をさらさらと撒き散らし、その場には何の跡形

もなくなる。風に紛れて飛んでゆく砂の粒が、少しだけきらきらときらめいて...悲しい

眺めだ。

海斗は銃を撃った。流れるようなその一連の動作に、躊躇いや恐れは一切なかった。零

は息を飲み、その光景を見守る。

撃たれた泰斗の身体は、たちまちの内に砂と化す。

178

刹那の季

今頃わかったのか?」

海斗はすっかりいつもの海斗に戻っている。

夜如の大きな手で手当てをされながら、零はふと考え込んだ。

もし、自分が海斗と同じ七立場に立たされたら。

皿を分けた兄弟を、ここの手で殺さなければならなくなったとしたら、

海斗の兄弟...ていうことは、俺にとっての、壱縷...?

もし、壱縷がレベル...Eになったら....。

血の繋がった弟ーー誰よりも近しい双児の弟を、この手で。

肩と瞳から流れる、一色の液体

さっそく煙草を吹かし始めている夜刈を、海斗は赤い瞳でぎろりと睨みつけた。

「あんた、俺を試したんだな」

ああ。だが、あのレベル・上がお前の兄だということまでは知らなかった。ほら、二人

とも。傷を着てやるから来い」

弟子を呼び寄せ、さっさと手を当てを始める。大騒ぎするはどではないが、放っておいて

いいような傷でもない。海斗は肩の傷がひどいし、零も首筋を浅く切られている。

「あんた、性格悪いな」

「撃てる、のかな...

小さくつぶやいて、零はぶるっと震えた。

「あ?どうかしたか、零?」

「あ、いいえ...」なんでもない、です」

ま、とりあえず戻るか。何か、あったかいもんでも飲ませてやるよ」

誰であろうと撃つのが、ハンターの役目...

でも...整たなければならない、きっとと。それが、ハンターの仕事だから。

海斗は正しい選択をしたのだと、今なら零もわかる。

でも、自分も同じことをしろと言われたら、

自信はない。

自分にとっての大切な人たちを殺すなんて、考えただけでも手が震える。

吸血鬼ハンターには腕の良さをだけじゃなくて、心の強さも必要なんだ、きっと...

夜刈は強い。

海斗も強い。

自分も、強くならなければ。

むっともっと、今よりもずっと強く。

180

刹那の季

の哀しみそのものなのかもしれない、とか...?やつらは、自分でも自分を抑えきることが

海斗は前髪をくしゃりとやり、昼間だというのに暗い空を見上げた。

「誰も、望んでレベル・Eに堕ちるわけじゃない。殺してやるのも、やさしさなのかもし

れないな。俺たちハンターが断ち切るのはレベル・Eの命だけじゃなくて......レベル・E

「レベル・Eになったら、誰かに殺されるんだ。最後に海斗に会えて、結果的に良かった

んじゃないか...?海斗にとてっては、つらいことだと思うけど...知らないハンターに

殺されるより、海斗のほうがマシだ」

ぽつぽつと言葉を並べるような零このことばに、海斗は苦く笑った。

ーなあ。レベル・Eに堕ちたやつの悲しみを断ち切るのも、ハンターの役目なのかも

しれないな。何か......今、そう思った」

くっ

海斗が、心底嫌そうな顔をとこて零を眺めた。慰められたりするのは苦手だという瞳で。

今のままでは、全然足らないから。

「海斗の兄さん、海斗を恨んではいない...たぶん」

傷に障らないようにゆっくりと歩きながら、零は、海斗に言った。これだけは、どうし

ても伝えなくてはいけない気がして。

できないんだから、誰がが止めてやらなくちゃいけないんだし...

「ああ...そうだな」

今まで聞こえない振りをしていた夜刈が、零と海斗の頭に片手ずつ乗せ、がしっと掴ん

でぐりぐりと撫せ回した。

「ちょっ......、痛ててて」

うわ、師匠、痛いってば!!

「俺様の愛情だ、ありがたく受け取れ

いらねぇよ、そんなもん!」

照れ臭さに耐え切れなくなった海斗が、真っ赤な顔をして怒鳴り返した。

海斗のそんな子供っぽい様子を見るのは初めてで、零は思わず笑ってしまった。

弟子たちをちろりと横目で眺め、夜刈は心の中でつぶやく。

よくやったな、弟子ども

この歳でこの仕事を成功させるとは、なかなかできることとではない。吸血鬼ハンターの

仕事は、誰にでも務まるものではない。

この仕事には、どこまでも暗く冷たいものがつきまとう。生半な覚悟では済まないのだ。

夜刈は、弟子たちへの問いかけを、唇から吐き出した紫煙に紛らせる。

素肌肌の

あの、暖炉の前で撮った写真だ。

寮のベッドに寝転がって写真を眺めていた零は、小さなため息をついた。

「そうか...あれはまだ、師匠の両目がある頃だったな...」

あれから、いろいろなこことがあった。ありすぎたといってもいいくらいだ。

あの『仕事』を終えて、しばらくしてから。

夜刈は右目を失ったのだー零のせいで。

やさしくて綺麗だった、小学校の保健医の教師――彼女もまた人間から変化した吸血鬼

だった。その教師はある日突然、零たちの目の前でレベル・Eへと堕ちた。

吸血鬼の本能そのままに牙を刻き出す教師を目にしても零はそのことが信じられず、

彼女のことを庇おうとした。

目の前に、少し古はけた写真がある。

ーわかっているか、弟子ども。お前らは、わざわざ次の道を選んだんだぞ...

二人の少年はまだ、そんな師匠の想いには、まったく気づいていなかった。

自分のせいだ。

自分のせいで、夜刈の目は

こめん。ごめんなさい、師匠...

自分を責めて真めて貴めて、零は夜刈にあやまった。あや、まって済む問題ではないとわ

かっていても、どうしてもあやまらずにはいられなかった。どんな方法を使ってでも償う

と誓っても、口から出る言葉は、これしかなかった。

つったく。そんなツラさせるたあに助けたんじゃねーんだよ

夜刈は、そんな零を許してくれた。

零の髪を、大きな手のひらでくしゃっと撫ぜる

先生は、本当は良い人なんだ!

零の無知の代償に支払われたのは、夜刈の右目

零を庇った夜刈は、レベル...Eに右目を潰されたのだ。零はしばらくの間、夜刈の顔を

まともに見ることができなかった。

夜刈の顔を見れば、否応なしに右目を見ることになってしまう。

塞がりきらない傷口を覆うう包帯が見えてしまう。

もう、二度と夜刈の右目は使えない

184

刹那の季

ーノックもなしに入ってくんなよ

「したよぉ、ちゃんと。返事がないから、寝てるのかと思って。何?お師匠様が帰った

もんだから、恋しくなっちゃったぁ?」

天然なのが計算なのかそれとも怖いもの知らずなのか、理事長は本当にその場の空気を

みを浮かべた壱縷。

「壱縷......

双児の弟、壱縷は今、どこにいるかわからない

この四人が揃うことは、もう二度とないだろう。

「あ、この子、海斗君だね。珍しいね、零が写真を見ているなんて」

いきなり耳に飛び込んできた緊張張感のない声に、零は舌打ちする。

どうして吸血鬼は、人を傷つけけてしまうんだろう...

『本能に逆らえない哀れな生き物だからさ...零、もうわかっったな。吸血鬼は敵にしかな

らない」

夜刈が右目を犠牲にして守ってくれたおかげで、今の零がある。その恩は、決して忘れ

ない。助けたことを夜刈が後悔しないような、そんな人間になりたいと願う。

いつも通りの夜刈、無愛想な海斗、とまどい気味に笑う。自分ーそして、やわらかな笑

ぶあいそう

吸血鬼は敵にしかな

...」

零はため息をつきながら、ゆるゆると寝転がっていたべツドから半身を起こした。

ぎろりと零に睨みつけられて、黒主理事長は微笑みを引き攣らせた。

嫌だなぁ、誰生くんってば、本気にしちゃって。冗談だよ〜」

へらっと気の抜けるような微笑みを浮かべた黒主理事長は、長い髪を二つに分けてまと

め、エプロンをつけている。どうやら食事の文度ができたので、零を呼びに来たらしい。

「...食事、要らねえ」

「そんなこと言わずに!!ゆっきーもお腹を空がして待ってるから、ね」

読まない。

ハンター教会から差し向けられた夜刈が帰って、まだ数日。

零はようやく、普段の生活へと戻り始めていた。

完全に『元』に戻ることはないとわかっていても。

足掻けるだけ足掻く。

もう、逃げない。

それは夜刈との約束であり、優姫との約束でもある。

森町郡の

理事長の微妙な味付けの料理を、優姫ひとりに味わわせてしまったら、あとでどれだけ

文句を言われるか。

「今日のメニューはね、ボク風」色そスパケッティしらす和えに、ボク風サトイモと筍のあ

つさり煮、メインはボク風やわらか鶏肉のハーブソルトソテ1、クレソン添えだよ〜。冷蔵

めないうちに、さあ、早く早く

と急かしつつ、そう言えば、と理事長がくるりと振り向く。

...

...?何だよ?

「海斗君、優秀なハンターになったみたいだね。よく噂を聞くよ」

「そうか」

じゃあ早く来てね、とご理事長が部屋を出て行く。

零は立ち上がり、ベッドの上の写真に語りかけた。

「海斗。あんたが、来るのか...

いつかこの身は、灰になる。

その銃の引き金を引くのは夜刈か海斗か、それとも優姫か

それを、望んでいる自分に気づく。

もし、自分が醜悪なレベル...Eに成り下がったら。

ーでも俺は、もう少し粘ってみる。無様でも何でも、もう少しだけ...

このかもしれないけれど。

立ち向かうと決めたのだ。だから逃げはしない。

いつか、海斗と再会する時が来たら。

ーー海斗。あんたなら俺を、迷わず殺してくれるか...?

あの日、ヴァンバイアの哀しみをも断ち切ると言っていた海斗。

その哀しみが今、ここにある。

ヴァンパイア

せめて、ひと思いにとどめを刺してほしい。同情や躊躇いはいらない。この世に未練も

残せないくらいにすっぱりと、断ち切ってほしい。

その未来がそう遠くないことを、零は知っている。

狂い咲き姫ーーあの純血種の吸血鬼に咬まれた時点で、自分はこの命を絶つべきだった。

188

あとがき

みなさん、こんにちは。藤咲あゆなです。

「ヴァンパイア騎士」の小説版「愛犬の罪」と「刹那の季」

樋野先生の描き下ろし美麗イラストとともに楽しんで

姫野ルエの曲ご「つの頂けましたでしょうかー...実際インストームもしませんして、「〈風花かわいいい。海斗かったんじゃない」

こいい〜。樋野先生、お忙しい中、ありがとうござい

ました!!

実は藤咲、『ヴァンバイア騎士』は以前、ララの全員

業務職・ヴァンバイオムは麻麻ラブ弁護サービスラブについてはなくてはどこでもまじめん。それもありますが、ものすごくごの内容にお客様を感じらっています。

きました。それもありますが、、ものすごーーく!

の作品には運命を感じちゃっています。

担当の「嫌から「ノベライズ版やりましょう/」(

やりませんか、ではなく、やりましょう。すでに彼女

の頭の中で決定済みの事項・笑)と放たれた白羽の矢

が藤咲を直撃したあと、全然別のルートから「アニメ

になるから脚本で参加しない?」というお誘いがあり、

まして。これは一嫌の藍堂を書け。。藍堂左書け〜」

という陰謀に違いありません(笑)。それはともかく、

大好きな『ヴァンパイア騎士』にこんなにも関われて、

とってもとっでも幸せです♪

TVアニメやドラマCDなど、ますます素敵に華麗

に広がる『ヴァンパイア騎士』ワ一ルドですが、小説版

も末永く愛して頂けたら幸いです。

2008年4月

藤咲「あゆな

あとがき

お晩です。樋野まつりです。

皆様いかがでしたか?「ヴァンパイア騎士」小説版/

ドラマロ、アニメの脚本、そして小説版と、藤咲様はちょっと

はヴァンパイア騎士に巻き込まれっぱなしですが、私、

としては正直なところ「なんて素敵な方が巻き込まれ

て下さったのだろう、超らっきー♥♥」でございます。

担当1様に最初に企画を持ちかけられた十五か月前

...あの時はまったく想像していませんでした。小説版

を涙と鼻水を垂らしながら読むことになろうとは!

世の中にはあとがきから読む方がおられると思いま

すので〈自分がそう〉真相には触れられませんが、

こんなにも胸に食い込んでくる物語を書き上げてくだ

さった藤咲様に、心から感謝と尊敬の気持ちを述べた

いです。アニメの脚本も手掛けられているお忙しい中、

いでも、アニメの旅行手間がられているおけしい中、本当にありがとうございました。心を込めて観続させています。

かせていただいいたつもりです。

担当様もララ初の小説版刊行という大挑戦、お疲れ

様でしたノ初の挿絵、難しかったですがそれ以上に

楽しかったです。ありがとそうございました!

皆様の中に、風花という一-人の女の子と海斗という

一人の男の子の存在の記憶が刻まれれば、とても嬉し

いです。どうか感想お聞かせ下さい!

樋襞鈔

く収録作品メモン

憂氷の罪

刹那の季

書き下ろし

ん...書き下ろし

Noogle

花とゆめコミックススペシヤル・ララノベルン

ヴァンパイア騎士愛水の罪

愛氷の罪

2008年4月10日、第1朝発行1000年になるので、第2級発行

2018年4月10日第1朝発行20代8年5月20日-第2駅発行

あれはいけません。もっというのは、ちょっと

著者一緒野まつり、藤咲あゆな

発行人・内山購入

発行所、株式会社・白泉社

〒101:0063東京都千代田区神田淡路町22

電話(編集)Q8-3526,805

〔販売〕Q8-3526-8010

【制作】18-3526-8020

印刷所_大日本印刷株式会社

【5月1978-4-502.18745

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入したものについでは、お取り替えできません。●本書のー

部または全部を無断で複写、複製、転載、上演、放送などをす

ることは、著作権法上での例外を除いで禁じられています。

...

お知らせ

ヴァンバイア

めくるめぐ運命が、

吸血鬼と人間の共存する学園。

あやしく、せつなく、くるおしく

廻りはじめるー

...

樋野まつ

presents

月刊LaLaで超ヒット連載中!!!

(毎月24日発売)

絶賛発売中!!

...

各410円(税込)